エミー賞を受賞した実績を持つアメリカ人のラナ・ウィルソン監督が、「The New Yorker」誌で紹介された岐阜県関市の「大禅寺」住職・根本一徹さんが取り組む自殺防止活動の記事に興味を持ち、3年半にわたり密着して完成させたドキュメンタリー映画『いのちの深呼吸』が9月8日(土)より公開されます。

 

スクリーンに映し出されるのは、メールや電話で昼夜問わず自殺志願者から寄せられるSOSを受け付け、彼らの話に耳を傾けることで自殺を思いとどまらせる根本さんの過酷な日常の姿。「旅だち」という独自のワークショップを寺で開催し、時にはバイクや新幹線に飛び乗り自殺志願者の下へと駆け付ける根本さんですが、過度のストレスに蝕まれた身体は、すでに悲鳴を上げています。

 

このたびSWAMP(スワンプ)では、24歳の時にバイク事故で生死の淵をさまよったことをきっかけに自らの人生を見つめ直すべく仏門に入った根本さんへ単独インタビューを敢行。現在の活動に取り組むきっかけともなった驚きのエピソードから、誰かに直接会って話を聴くことで起きうる奇跡に至るまで、まさに『いのちの深呼吸』の前日譚というべき、貴重なお話を伺ってきました。ユーモアあふれる根本さんの意外な一面を、垣間見ることができるはずです。

 

仏陀は「利他」が大切だと言っているのに、意外と「利己的」な人が多いんです。

 

――お坊さんの日常って、実は日本人にもあまり知られていないですよね。この『いのちの深呼吸』は、ラナ・ウィルソンさんという海外の女性監督の目を通じて僧侶である根本さんの日常が描かれています。とはいえ、かなり特殊な日常ではあると思うのですが……。

 

根本:あまりお坊さんらしいところは映っていないですからね(笑)。

 

――いきなりクラブで踊っているシーンから始まりますし。

 

根本:そう、最後もクラブで終わるという(笑)。監督のラナも踊るのが好きなので、カメラが回っていないところで一緒にフェスにも行っているんですよ。

 

――根本さん、もともと音楽がお好きなんですよね。映画の中にもバンド活動をされていた若かりし頃の写真が沢山出てきます。

 

根本:だいぶイカレてましたよね(笑)。

 

――正直、ここまで振り切れている方も珍しい気がします(笑)。根本さんって、筋金入りの不良だったんですね!

 

根本:当時はエネルギーがあり余っていたんでしょうね。

 

 

――映画を拝見して、根本さんが取り組まれている自殺防止活動のことを初めて知ったんです。根本さんご自身のお身体の具合は、その後いかがですか?

 

根本:相変わらずですね。ひびが入った器と一緒なので。

 

――「ひびが入った器」ですか?

 

根本:「大事にすれば長く使えるけれど、無理をすると割れてしまう」という感じですね。「頭も身体も壊れているので、あとは心だけ」って強がりを言いながら頑張っていますけれど(笑)。

 

――いやいやいや……。

 

根本:いずれ皆、頭も身体も壊れますので。

 

――それはそうですが、根本さんの場合、そのすり減り方が尋常ではない気がします。ご自身やご家族のことよりも、根本さんが血の繋がりのない人たちの心のケアを優先することの意義と、その重さについて考えさせられました。「どうしてそこまで出来るのか」と、とても衝撃を受けたのですが。

 

 

根本:いわゆる「自己犠牲の精神」みたいなものについてよく聞かれるんですが、そういう方って、実は沢山いませんか? 例えば戦地で働くお医者さんとか、戦場ジャーナリストとか。人のために自分自身の身を削ることに生きる価値を見出している人たちって、意外と多いんじゃないかなと思うんですよね。

 

――なるほど。それは「お坊さん」という職業に限らないということですね。

 

根本:むしろお坊さんの方が少ないかもしれない(笑)。お坊さんにもそういう精神を持った人がもっと居てもいいんじゃないかな、と思います。

 

――利他的な。

 

根本:そう。仏陀は「利他」が大切だと言っているのに、意外と「利己的」な人が多いんです。

 

――「人を救う」という意味では別の手段もある中で、そもそも根本さんが仏門に入ることを選択された理由とは?

 

根本:私はもともと極真空手をやっていたんです。バイク事故で3カ月間入院したんですが、半月板を痛めて足が曲がらなくなっていたので、最初に僧堂に入ったときは大変でした。でも、リハビリに1年間通っても全く治らなかったのに、わずか2週間くらいで座禅が組めるようになりました。

 

――どうしてですか?

 

根本:やらないと許されないからです(笑)。泣き叫びながら、足を曲げられる。空手の股割と一緒です。でも、実際出来るようになるから「すごいな」と思いましたね。「ゴッドハンド」で有名な大山倍達さんが当時ご健在で「しっかり喰って上手くなれよ~!」って言いながらボーンと肩を叩いてくれたことがあったんです。その手の感触はいまだに残っていますけれど。

 

――へぇ~! 空手から仏門にどのように繋がったんですか?

 

根本:ちょうど空手の冬合宿で滝行や座禅をやったんですが、座禅を学んでからものすごく空手の成績が良くなったんです。それまでは「喧嘩上等」で、「個体として強いことこそ真実じゃないか」みたいな考え方をしていたものですから……。

 

――バリバリのヤンキーの思想ですね(笑)。

 

根本:強さを誇示することばかりしていたんです。でも空手を通じて、玄人の中に入ったら初めて自分の弱さがもの凄くよくわかって。それでも「精神的には負けないぞ」と殺意でねじ伏せるようなやり方をしていたのですが、座禅をして半眼になると、カウンターをもらわないし、相手の心もなんとなく読めるようになるんです。しかも身体がリラックスしているから、疲労もやってこない。「こんなに身体的な変化が起こせるなんて!」とびっくりして、「座禅には嘘がない」と自分で納得できたんです。

 

特に仏教に興味があったというわけではないのですが「これからの時代はロジカルな論証の世界よりも、身体的な知の方がしっくりくるな」という予感はありました。

 

 

■次ページ:「出家して10年の修行の成果を、もう一度社会の中で試してみたい」と思って、ハンバーガー屋で働くことにしたんです。

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