一方、「この映画はマーベル映画を見ているのとは訳が違う」という菊地さんは「『ザ・スクエア~』は、観終わった後に誰かと話し合いたくなるし、場合によっては嫌な気分になる人もいると思う。でも、そういう投げ方がとてもヨーロピアンだし、アンチアメリカンだと思いますね」とコメントしたうえで、さらにこの映画が示唆することは最終的に「罪の問題」に行きつくのではないかと言及。そこからは「罪と恥」に関するオストルンド監督の見解が披露されました。

 

監督:私が日本と北欧の文化ですごく似ていると感じるのは、「面目を失うことを恐れる」ということ。私の前作『フレンチアルプスで起きたこと』には、父親が家族を捨ててしまったという場面が出てきます。雪崩が起きて、本当は家族を守るべきなんですが、父親は逃げてしまうんです。

 

幸い大事件には至らなかったんですが、家族からはそれまでと違う目で見られてしまい、その父親はとても恥を感じるというお話なんです。「恥」というものは、人間にとって普遍的なものだと思います。何年か前に、韓国のフェリーが沈没して、沢山の学生さんが亡くなられた事件がありましたよね?

 

菊地:セウォル号ですね

 

監督:はい。その時、生き残った先生がいらっしゃいましたよね。おそらく生存本能が勝って、生徒を見捨てたということなんでしょうが、生き残って数か月後にその先生は自殺してしまっています。つまり、それほど恥の感覚というものは、人間に対して力を持っているということ。

 

生存本能が非常に強いんですが、その後、恥の方が勝って自殺してしまった。生存本能がもっと強ければ、恥を抱えたまま生きると思うんです。多分、人間という動物だけが唯一、恥という感覚を持っているのではないかと思います

 

例えばフェリーが沈没したときに、「あなたのパートナーはあなたのことを助けてくれると思いますか?」と聞くと、女の人は大体、「私の夫は守ってくれます」とか「私の恋人は助けてくれると思います」と答えるんですね。

 

でも、統計によると、タイタニック号からエストニア号に至るまで、船やフェリーが沈没したときの生存者はほとんど男性なんです。日ごろは「何かが起きたら女性や子どもを先に助けましょう!」と言ってはいるんですが、実際には男性の方が生存本能が勝って、非常に利己的な行動に出ている。生存本能が文化的な規範を取り払ってしまうんです。

 

でも結局その後に、また文化的な規範に対処しなくてはならなくなって、そこで恥の感覚が芽生えるというわけなんです

 

 

いかがでしたか?

 

森直人さんの進行の元、映画を観た観客の前で、菊地成孔さんとオストルンド監督がいかに熱いトークを繰り広げていたのかが、お分かりいただけたのではないでしょうか。

 

映画をご覧になった後、是非皆さんもご自身が感じたことについて、思う存分語り合ってみてくださいね。

 

 

(写真:加藤真大)

『ザ・スクエア 思いやりの聖域』概要

『ザ・スクエア 思いやりの聖域』

 

4月28日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、立川シネマシティほか全国順次公開

 

 

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