映画で印象に残ったファスナーをあげるシーン

 

――なるほど。お話を伺って、腑に落ちました。もう一つ、監督に伺ってみたいことがあるんです。オラがワンピースのファスナーをあげるのに手こずるシーンがとても印象に残ったんですが、その後に出てくる、画面の端に1988年と表示された映像に映し出される少女を最初に観た時、てっきりオラの小さい頃だと勘違いしていたんです。

 

なぜなら、彼女は小さい頃もワンピースのファスナーがうまく上げられなかったけれど、14歳になった今でも、まだ上手く上げられない、という事実をあえて対比させて描いているのではないか、と思ったからなんです。

 

監督:もし1988年の映像に出てくる少女がオラだったら、今30歳半ばくらいの計算になってしまいますね(笑)。あの少女は、オラのお母さんです。

 

――どうりで、オラと面影が似ているわけですね。

 

監督:もちろん親子ですからね(笑)。あの映像をよく見てみると、少女がワンピースを着るのに手こずっているのに、その後ろを女性が素通りしますよね。つまり、オラのお母さん自身も、幼い時に両親の手助けを受けていないのです。

 

――そういうことだったんですね。ということは、監督は先にお母さんの小さい頃の映像を見ていて、その場面と意図的に対比させるために、オラがワンピースを着るシーンを撮影されたということですか?

 

監督:いえ、まずオラがファスナーを上手く上げられないシーンを撮りました。その後、オラのお父さんから、「こういうカセットテープがあるんだよ」と手渡されました。

 

――それは偶然ですか?

 

監督:カセットをもらったのは、本当に偶然でした。

 

――オラにも、「ファスナーを上手く上げられない演技をして」と指示したわけでもなく?

 

監督:もちろん頼んでいません。まず、「オシャレをして洋服を着替えるところを撮ろうね」ということはオラに話しました。それはスクリプトに書いてありましたから。でも、ファスナーの上げ方までは指示していません。もちろん普段から、オラは何か上手くいかないことがあると、かんしゃくを起すことはあったのですが、たまたまあの場面ではファスナーが上がらなかったんです。お父さんからカセットテープを受け取ったのは、そのあとですね。

 

――そうだったんですね。

 

監督:はい。ただ、ニコデムが靴ひもをなかなか結べなくてオラに怒られるシーンは、私の案です。服を着替えるシーンは、この映画の中に沢山出てきましたよね。まずはベルト、それからズボン、靴ひも。これらの動作はリフレインのように、この映画の中で繰り返されているんです。彼ら全員が、何かしら上手く自分で出来ないことがある、ということを伝えたかったんです。

 

――それは伝わってきました。つまり監督が描きたかったのは、出来なかったことも努力すれば出来るようになる、といった単純なことではないわけですよね。

 

監督:彼らが幼い頃から誰の手助けも受けられなかったということを、一番強調したかったんです。ニコデムの場合は、オラが時々手伝っていましたが、自分ですべてやらないといけないという現実は、とても孤独ですよね。もちろん、彼らもいつかは自分で上手くできるようになるかもしれませんが、それは映画で描く必要はありませんから。

 

――なるほど。ちなみに、まるでフィルター越しのような美しい映像を撮るにあたっては、どのような秘密があるのですか。

 

監督:この家の中の光の感じがとても気に入ったんです。窓にとても汚れたカーテンがかかっていて、それを通すとこういう光になるんです。壁紙も安いものなんですが、金色の部分が上手く光を反射するのも、結果的に功を奏したんじゃないでしょうか。初めて彼らの家に行ったときに、「ここは映画を撮る環境がそろった家だな」と感じました。

 

彼らの家の家具はどれもこれもガタガタで、いまにも崩れそうなものばかりなんです。でも、それがまるで彼らの人生の隠喩になっているように、私の眼には映りました。

 

――光の差し込む感じや内装の完成度が高すぎるあまり、思わずそこに登場する人物も、自分の思い通りにコントロールしたくなりませんでしたか?

 

監督:実際にコントロールした部分もありますよ。オラの家を訪ねる時は、いつもきちんとプランを持っていて、今日は大体この3つのシーンを撮ろうと決めているんです。例えば、今日はオラがニコデムに祈りの言葉を教える日だとしますよね。1回目でなかなか上手くいかないと、オラは機嫌が悪くなって「そんなの私の知ったことじゃない」というような顔をするので、彼女が自然と緊張感をもってニコデムに教えられるように、あえて撮影日を本番の前日に変更したんです。

 

――へぇ~! そうだったんですね。

 

監督:さすがにオラは逃げようがなくて、「なんとしてもニコデムを試験に受からせなくちゃ」と、エモーションを見せてくれました。オラには「神父さまは大変厳しい方だから、ニコデムは試験に落ちる可能性もあるよ」と事前に伝えて緊張感を持ってもらいました。

 

――なるほど。家の中の撮影位置も、予め決めていたんですか?

 

監督:オラが台所でニコデムに教えていたのは、私の提案です。「ここにオラが座るのよ、こっちはニコデムよ」というように。どこにカメラを置いたらいいかということも、事前に決めていました。まず何よりも彼らの感情を見せることを優先したかったので、彼らの顔がちゃんと映るように、光があたる角度もきっちり計算しています。ニコデムが唱えるお祈りも、予め私が「この部分をニコデムに教えてね」とオラに伝えました。

 

彼らがイコンの前で隣同士に座るのも、聖母とキリストのように見せたかったからなんです。とはいえ、彼らが話す内容は、もちろん何も決まっていません。突然喧嘩を始めるのも、すべて彼らの意志なんです。

 

 

いかがでしたか?

 

インタビュー後、アンナ・ザメツカ監督のお話を振り返りながら、『祝福』という映画は、印象派の巨匠であるクロード・モネの絵画制作と通じるのでは? と思い至りました。モネはあの有名な『睡蓮』を描くために、自宅の庭に池を作り、水面に映り込む木々を育てるところから始めたといいます。

 

自分が表現したいものを実際に目の前に再現して、それをカメラに収めていく。普遍性を帯びた『祝福』も、きっとモネの絵画のように、後世まで引き継がれていくことでしょう。

 

(写真・加藤真大)

『祝福~オラとニコデムの家~』概要

 

『祝福~オラとニコデムの家~』

 

6月23日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

 

脚本&監督:アンナ・ザメツカ

撮影監督:マウゴジャータ・シワク

編集:アグニェシュカ・グリンスカ、アンナ・ザメツカ、ヴォイチェフ・ヤナス

 

原題:Komunia|英語題:Communion|監督:アンナ・ザメツカ

2016年|ポーランド|DCP|カラー|5.1ch|75分|配給:ムヴィオラ

 

公式サイト:http://www.moviola.jp/shukufuku/

 

 

©HBO Europe s.r.o., Wajda Studio Sp. z o.o, Otter Films Wszelkie prawa zastrzeżone. 2016

 

関連キーワード
映画の関連記事
  • 「岡田麿里100%」の初監督作品『さよ朝』は、ファンタジーアニメ史に残る大傑作!
  • 『名前』津田寛治さんインタビュー・後編 「物語の中に入った時に、自分の世界観が際限なく広がっていく感じが好きなんですよ」
  • 撮影で一番苦労したのは、やはりなんと言ってもロボオなんです 『ハード・コア』山下敦弘監督&荒川良々さんインタビュー
  • 正統派イケメン、パトリック・シュワルツェネッガーさん来日! 『ミッドナイト・サン ~タイヨウのうた~』ジャパンプレミアレポート
おすすめの記事