
急速なブータンの近代化と、そこで暮らすイマドキの子どもたちの素顔を、ブータン出身のアルム・バッタライ監督とハンガリー出身のドロッチャ・ズルボー監督が捉えたドキュメンタリー映画『ゲンボとタシの夢見るブータン』が、8月18日(土)より公開されます。
本記事では、プロモーションのため7月下旬に来日した両監督のコメントを散りばめながら、本作の見どころをご紹介していきたいと思います。
「幸せの国」で芽生えつつある「自分らしい生き方」を探求する心
映画の舞台となるのは、ブータン中部に位置する巡礼地・ブムタン。「国民総幸福量(GNH)」という理念を提唱し「幸せの国」として世界的に知られるブータンですが、急速な近代化に伴って多様な価値観が流れ込んできた結果、伝統的な教えと個人の嗜好にずれが生じてきている、という現実に驚かされます。
主人公は、家族が代々受け継いできた伝統ある寺院を引き継ぐため、戒律の厳しい僧院学校に行くベきかどうか思い悩む16才の長男・ゲンボと、自らを男の子だと思い、ブータン初のサッカー代表チームに入ることを夢見る15才の次女・タシ。
ブータンに暮らすイマドキの子どもたちの「YouTubeで世界中の最新音楽の情報をチェックしながら、Facebookで恋人探しをする」様を見つめながら、ブータンという国に対する既存のイメージが刷新されていく感覚は、カルチャーショックに近いものがあります。
それと同時にスクリーンに映し出されるのは、子どもの将来を気にかけるあまり、ゲンボには出家して仏教の教えを守ることの大切さを説く口うるさい父親の姿。彼はトランスジェンダーであるタシに理解を示しながらも、女の子らしく生きる努力を促します。自分らしい生き方を模索する子どもと、良かれと思って厳しく躾ける両親とのすれ違いという、普遍的な家族の葛藤が浮き彫りになるのです。
ズルボー監督によれば「ゲンボはヨーロッパの同世代の子どもたちと比べて真面目でおとなしく、自分の価値観を押し付けてくる父親にも従順な良い子」なんだとか。でもその一方、ネットでさまざまな情報に触れ、自由を謳歌したいと考える普通の男の子の一面も持ち合わせています。1985年生まれのバッタライ監督からしてみれば、「父親の気持ちも理解できるし、子どもの気持ちも分かる」とのこと。
実際バッタライ監督自身のご両親も、息子には「映画監督ではなく、薬剤師の道に進んで欲しい」と望んでいるのだそう。「首都のティンプーに出てサッカー選手を目指す方が幸せになれるのでは?」とバッタライ監督は感じたようですが、「安定しているお寺を継ぎながら、趣味で好きなことをした方が幸せ」とも言えるわけで、若者の悩みはどこの国であろうとあまり変わりがありません。
そういった意味では、近代化に伴い「職業選択の自由」という悩みが増えたとも言えますが、たとえ同じ結果になったとしても、複数の選択肢の中から自分の意志で選ぶことがいかに大切であるかを、この映画を通じて改めて感じることが出来るのです。
国籍も環境も価値観も異なる2人が共同監督をした理由
私にとってブータンの近代化をとりまく現実と同じくらい面白いと感じられるのが、このドキュメンタリー映画が撮影されるに至った背景なんです。国籍も育った環境も価値観も全く異なる男女が、どうしてこの映画を一緒に完成させることができたのか。とても気になると思いませんか?
共同監督を務めたブータン出身のアルム・バッタライ監督とハンガリー出身のズルボー監督は、もともと「ドック・ノマッズ(ドキュメンタリーの遊牧民)」と呼ばれる若手ドキュメンタリー制作者育成プログラムを通じて出会い、世界7カ国のドキュメンタリー・ピッチング・イベント(企画フォーラム)に参加。国をまたがる6つの財団から資金を獲得して、国際共同製作という枠組みの中で、本作を完成させたのだといいます。
長年秘境とされてきたブータンで映画の撮影許可を取るのはとても難しいらしいのですが、バッタライさんはもともとブータンの国営放送に務めていたことから、本作品を国際的に発表することを特別に許可されたのだそう。とはいえ、バッタライさんが普段住んでいるのは首都のティンプー。ゲンボとタシが暮らすブムタンまで15時間かけてバスで通い、約3年間密着して『ゲンボとタシの夢見るブータン』が誕生したのです。
「密着ドキュメント」というよりは、ちょっと離れたところから彼らの生活を「観察している」ような感覚を味わえるのも本作の特徴のひとつですが、この撮影方法は「まさにカメラを回しながら発見していった」のだといいます。ブムタンに通い詰めるうちにゲンボたちの生活スタイルが見えてきて、「どういう時に、どんな画が撮れそうか」が段々わかるようになってきたのだそう。
しかも「そもそもゲンボとタシという魅力的な兄妹に出会ったのも、偶然の流れだった」というから驚きます。「ブータンの近代化」は外側から見ると、とても興味深く感じられるテーマですが、ブータンで生まれ育ったバッタライ監督にとっては「あまりに日常過ぎて、ドキュメンタリー作品にするほどの新しさがあるようには感じられなかった」のだそう。そこにヨーロッパ育ちのズルボー監督の視点が加わったことで、誰も見たことのない多様性の塊ともいうべき「ブータンのいま」をカメラに収めることに成功したというわけなんです。
さらに「思春期のタシのセクシャリティにフォーカスを当てた理由」についても、「意識的な部分もあるが、最初からセンセーショナルな話題をねらって取り上げたわけではなかった」のだそう。バッタライ監督とズルボー監督は、ドック・ノマッズ在学中から少年少女の成長や移民問題、多文化主義をテーマにしたドキュメンタリー作品をいくつか手掛けていたものの、『ゲンボとタシの夢見るブータン』においては、「あくまでも伝統と現代的なものとの対比を伝えたかった」のだといいます。
ズルボー監督曰く「もともとはブータン初のサッカーチームを目指す子どもたちを取材していたところ、メンバーの中にたまたまトランスジェンダーのタシがいて、彼女の撮影許可を取るためにタシの家に行ってみたら、そこが由緒あるお寺で、ゲンボの後継ぎ問題が出てきた」ということで、作り手としての「引きの強さは天性のもの」とも言えるでしょう。
「幸せの国」と言われるブータンに芽生えた「自分探し」の感情が、今後「国民総幸福量(GNH)」にどのような影響を及ぼすのかにも注目したくなる『ゲンボとタシの夢見るブータン』。映画を観たらきっと「ゲンボと友だちのポップデュオ」の音源が欲しくなること請け合いです。
『ゲンボとタシの夢見るブータン』概要
『ゲンボとタシの夢見るブータン』
8月18日(土)よりポレポレ東中野ほか全国劇場ロードショー
公式サイト:https://www.gembototashi.com/
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