現在、渋谷ユーロスペースにて絶賛公開中のアニメーション映画『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』。先日掲載したセバスチャン・ローデンバック監督と『この世界の片隅に』片渕須直監督とのスペシャルトークショーの模様に続き、ローデンバック監督単独インタビューを公開します。

 

水墨画のようなタッチで描かれた『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』(以下、『大人のためのグリム童話』)は、いったい「どんな道具で、どんなふうに生み出されたのか」。ローデンバック監督の創作の秘密に迫ります! フランス語通訳は、小山内照太郎さんです。

 

筆ペンと水彩画でつながる不思議な縁

 

――私は言葉を筆で表現する「書道」というものをやっているのですが、ローデンバック監督の作品を初めて拝見した時、日本の墨絵や水墨画を想起させられたんです。

 

ローデンバック監督:なるほど。それは『大人のためのグリム童話』が筆で描かれていたからですよね。筆を使って描くと、1本の線の中で太さと細さを同時に表現できるんです。まさに「書道」と同じですね。

 

――これまでこういった手法を用いた作品を観たことがなかったのですが、割と馴染みのある手法なのでしょうか。

 

ローデンバック監督:手法としては比較的あるのですが、大抵は短編に用いることが多いですね。筆で描かれたアニメーションを観るのは、映画祭などの特殊な機会になるかもしれません。

 

――筆の使い方にとても興味があるのですが、監督が実際に描かれているところを見せていただいてもよろしいでしょうか。

 

ローデンバック監督:もちろん! 普段はこの筆ペンを使っています(といいながら、スケッチブックと筆ペンを取り出す監督)。

 

▲監督の愛用されている筆ペン。

 

 

――あ! 「ぺんてる」と書いてありますね。日本製の筆ペンを使われていたとは驚きました。

 

ローデンバック監督:よかったら、書き心地を試してみてください。いつもは私が描くことが多いのですが、今日は逆のパターンです。

 

――私も普段使っている筆ペンをいくつか持ってきたんです。こちらもぜひ試してみてください。

 

※ここで実際に互いの筆ペンをお試ししてみることに。

 

 

 

ローデンバック監督:いいですね! すごく細く描けます。確かに道具を使い分けるという手もアリかもしれませんね。

 

――監督の筆ペンはかなり穂先が柔らかいですね。日本人でもこの筆ペンを使いこなすのはちょっと難しいかも……。

 

ローデンバック監督:時々、ちょっと柔らかすぎるなと感じる時もありますが、穂先を寝かせたり立てたりするだけでいろいろな表情が出せるので、私は長年これを使い続けています。

 

――どこで最初に手に入れたんですか?

 

ローデンバック監督:フランスのどこでも見つかります。フランスには日本製のものがあふれていますから。私がこの筆ペンを好きな理由は、押したり振ったりせずに、インクが次から次に出てくるところなんです。

 

――では、筆ペンは元々監督にとってすごく馴染みのある画材だったのですね。ちなみにフランスで買うと、いくらくらいするんですか?

 

ローデンバック監督:それほど高くはないです。おそらく7ユーロくらいかと。何しろ、20年前からこのメーカーの筆ペンを愛用しているので(笑)。

 

 

――今回のアニメーション制作にあたっては、描くスピードを速くするために筆ペンを使用されたそうですね。もし速さを追求しなければ、この筆の表現には至らなかったですか?

 

ローデンバック監督:もしかしたらそうかもしれませんが、私はこの筆ペンが本当に好きなんです。日頃から使い慣れている道具であり、この作品の前に手掛けた短編『Ⅺ.パワー』でもこの筆ペンを使っているので、その継続という意味もあります。

 

デジタルでもアニメーションを作り続けているんですが、パソコン上で線を描くと、筆よりもずっと時間がかかってしまうので、筆ペンの方がはるかに効果的なんです。筆ペンと同じレベルの幅広い表現は、パソコン上では出来ないですね。

 

――『大人のためのグリム童話』に関しては、監督が彼女の心臓の鼓動を筆の弾力を活かしたリズムで表現されているということが、アニメーションになることでより強く伝わってきました。

 

ローデンバック監督:仰るとおりだと思います。とりわけ私が作っているような種類の作品では、この筆ペンのおかげで登場人物が活き活きするというか、人物に命を吹き込んでいるようなところがあると思います。

 

――色はどうやってつけているんですか?

 

 

ローデンバック監督:それぞれ別の紙に部分ごとにわけて描いているんです。それを1枚1枚パソコンに取り込んで、パソコン上で色をつけて、それを重ねることで完成するんです。

 

――では、本当にこの筆ペン1本で描かれたわけなんですね。

 

 

ローデンバック監督:正確に言うと2本なんです。1本はこの黒い筆ペン。もう1本は灰色です。中のインクを水で薄めることができるタイプの筆ペンを使っています。灰色の方は、例えば木とか影とか、表面積の大きい部分を描くのに適しています。

 

――いわゆる一般的なアニメーションとは全く異なる手法で描かれていますが、特に少女の腕が切り落とされるシーンを目にしたときに、この手法で描かれなければならなかった理由がはっきりとわかりました。通常の手法だと、ショックが大きすぎると感じたからです。

 

ローデンバック監督:私自身はそういう理由でこの技法を選んだわけではないんです。たった1人でアニメーションを作らなければならない、という経済的な理由から筆ペンを使ったというのもあるのですが、自分の手を動かすことで線が生み出されることと、粉ひき小屋からラストまで常に移動しつづけていく、という物語上の少女の動きを一致させたかったという理由もあったのです。

 

――そうだったんですね。ちなみに、監督は日本の古い禅画や水墨画からの影響も受けていらっしゃいますか? これは、フランスの出版社から出ている『Dessins abrégés de KEISAI Oiseaux Animaux Personnages』という本で、200年くらい前の日本の江戸時代に活躍した浮世絵師・鍬形蕙斎(くわがたけいさい)の『鳥獣略画式』と『人物略画式』という画集なんですが、どこかローデンバック監督の画風と通じるところがあるような気がして。

 

 

ローデンバック監督:これは素晴らしいですね。確かに、使っている道具が似ているとは言えますよね。この画はオリジナルもサイズがかなり小さそうですが、そういったところも私のアニメーションと通じるところがあるような気がします。例えばA5サイズの紙に描いたりするので、人物の大きさもかなり小さいんです。

 

あと、おそらく東洋のこういったタイプの作品は、観る人の想像力で余白を埋めていくような描き方をしていると思うんです。その点でも、私の画風と東洋の画は似ている気がします。西洋画の世界では、余白を恐れる傾向があって、枠を全て埋め尽くしてしまうんですね。そういった意味からも、『大人のためのグリム童話』が日本の観客にどのように受け入れられるのか、とても興味深かったんです。私の作品はフランスでもとても好意的に受け入れられましたが、冒頭15分くらいは「作品の世界に入り込みにくい」と感じていた観客もいたようで。

 

西洋と東洋の間には、いかに現実というものを表象するかというアプローチにおいて、まったく違った考え方があるのだと思います。……ちなみに、この本を発行している出版社のトップは、私が『大人のためのグリム童話』を描いたイタリアの「ヴィラ・メディシ」というアーティスト・イン・レジデンスの当時の責任者だった人なんです。

 

――それはまた不思議な縁がありますね! 先日、片渕監督とのトークの中で「『大人のためのグリム童話』は高畑勲監督の『かぐや姫の物語』にも通じる部分がある」というお話をされていましたが、それは偶然同じくらいのタイミングで、新しいことを試みた結果だと思われますか?

 

ローデンバック監督:いや、単なる偶然ではないとは思います。発想やアイデアというものは、雲のようにあちこちを移動しているものなのです。

 

 

――監督は「運命」に導かれるようにご自身の制作に入られるという印象があるのですが、ローデンバック監督が「運命」を信じるようになったきっかけは?

 

ローデンバック監督:学生時代、「自分はとてもチャンスに恵まれているのだ」と感じるようになりました。「運命」という言葉が一番ふさわしいのかどうかはわからないのですが、自分には直感のようなものがあって、「この方向に進めば正しい場所に辿り着ける」というのがわかるようになったんです。幼少時代は内向的で、どちらかというとあまり話さない子どもだったので、いまの自分が置かれている状況に、我ながら驚いています。こうして自分の人生を振り返ってみると、いくつかの大きな転機があったことに改めて気づかされますし、まるで自分のことを守ってくれる天使に導かれて、その転機を乗り越えてきたような気がするんです。それは、いまこうして日本で『大人のためのグリム童話』が公開されることについても同様です。

 

というのも、日本のアニメーションを取り巻く世界には独自のマーケットがあって、おそらくそこに『大人のためのグリム童話』が入り込む余地はないだろう、と言われていたからなんです。でも蓋を開けてみたら、こうして日本公開されようとしている。まさに「セ・ラヴィ(それが人生)」ですよね(笑)

 

――まさしくそうですね。そもそも監督はイラストレーターや漫画家志望だったそうですが、アニメーションとの大きな違いは、音や声が入ることだと思うんです。東京藝術大学大学院映像研究科主催の公開講座「コンテンポラリーアニメーション入門~現代短編アニメーションの見取り図~2018」で「ただ単に映像が音声に依存するのはつまらないから、映像と音声によって流動的な関係性を生み出せるようなものを作りたい」と仰っていましたが、監督にとってアニメーションにおける音や声とは、どのような位置づけになりますか?

 

ローデンバック監督:私の作品にとって、音はとても重要です。音が作品の半分を占めていると言ってもいいくらいです。たとえば『ダフネー、またはいい女』という作品の冒頭では、水が流れている映像に、別のシャワーの音を重ねてあるんです。まるで「映像と音が会話をしている」かのような表現が私は好きなんです。

 

 

――『大人のためのグリム童話』においては、フランソワ・オゾン監督の『彼は秘密の女ともだち』にも出演されているアナイス・ドゥムースティエさんが少女の声を、そして『わたしたちの宣戦布告』のジェレミー・エルカイムさんが、王子の声を担当されていますよね。キャスティングの理由を教えていただけますか?

 

ローデンバック監督:彼らがフランスでとても有名だからです(笑)。実は、インターネット上で観ることが出来る映画の予告編から、気になる女優さんの声を抜き出して、実際に少女の映像に試しにのせてみたものを、プロデューサーと私の妻に観てもらったんです。どの声がどの女優さんであるのかは伏せて「何番が良いと思う?」という風に。その結果、2人ともがアナイスの声がいいと答えたんです。私にとって少女の声はとても重要だったので、どうしてもキャスティングを失敗するわけにはいかなかったんです。

 

――では王子は?

 

ローデンバック監督:王子については、ずいぶん前から「ジェレミーにやってもらえたら」と思っていました。彼は今年40歳になる俳優ですが、彼の声は変幻自在で、まるで思春期の青年のような声も出せるんです。

 

――ちなみに『大人のためのグリム童話』においては、声優の方も候補に入っていたのでしょうか。

 

ローデンバック監督:いいえ。声優の起用は全く考えていませんでした。というのも、声優には声優特有の演じ方のクセがあるんです。もちろん彼らは仕事柄そういったニーズに応えているだけなのですが、単純に「この作品にはクセは似合わない」と感じたからです。

 

――監督はあえて多くの制約の中で作品を作るという「OUANIPO(ワニポ)」という活動もされていらっしゃいますよね。監督にとって、物理的な制約や心理的な制約とは、どのような意味があるのでしょうか。

 

ローデンバック監督:私は制約がある中で仕事をするのが好きなんです。なぜなら、制約の中にこそ自由は見つけられるから。いわゆる制約のない、全てが可能である状態に置かれると、何をどうしたらいいのかわからなくなって怖くなるんですが、制約があればその中でどうすれば自由を手に入れられるか、具体的な解決策を探すことができるのです。

 

 

ローデンバック監督にとって『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』は、『グリム童話』という古典の要素と、短編の制作で培ってきた実験的な要素を組み合わせたものなのだと言います。

 

一般的なアニメーションの制作過程においては1コマ単位の画をひたすら見返す必要がありますが、ローデンバック監督の場合「映画はその断片を足せば出来るという類のものではなく、ある程度の長い時間を先に作ることで、おのずと流れやシークエンスが見えてくる」という考えに基づいているため「作画の途中経過はほとんど確認しない」のだそう。そういった意味からも「『大人のためのグリム童話』は、まったく新しい技法で作られたアニメーションである」と言えるのです。

 

大人のためのグリム童話 手をなくした少女』

 

8月18日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

 

公式サイト:http://newdeer.net/girl/

 

 

(c) Les Films Sauvages - 2016

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