実践的な脚本の書き方・アニメ編

 

ーー先程のオープンスクールの中で「脚本家にとっては『想像すること』が一番大事というお話もされていましたが、たとえば殺人犯のお話を書くとしたら、まず何から始めますか?

 

宇治田:金巻さんなら、まず何を想像します?

 

金巻:まずは「自分だったらどうするか」という発想から入っていきますよね。「この立場なら、どんな手段で犯罪を犯すんだろう?」って。結局のところ、やっぱり自分なんですね。かつて脚本家の市川森一さんも「脚本に出てくるキャラクターはすべて自分の分身だから」とおっしゃっていましたし、自分の中から出てくることだけは確かです。感情に生々しさがないと、動いてくれないですから。

 

宇治田:僕は「殺人犯の思考パターンは全く違うはずだ」というところから始まりますね。感触みたいなことですが、キャラクターの思考パターンさえつかめれば、おのずと動きは決まってきます。

 

ーー原作モノや実話ベースではなく、あくまでオリジナルでキャラクターを立ち上げる場合、自分とはかけ離れた行動をするキャラクターを書く方が、映画的には面白くなるということもありますか?

 

宇治田:自分自身にかけるブレーキを解除する中で、だんだんとキャラクター像が見えてきて、最終的には自分を超えていく感じですかね。

 

ーーその途中経過は、監督と共有されたりするのでしょうか?

 

金巻:ケースバイケースですね。こちらが納得して書いたものに対して監督が「こいつはもっとこうならないかな?」ということもありますし、逆に「ここまでやらなくてもいいよ」という場合もあります。自分の中にはないキャラクターを想像しながらも、やはり自分をどこかに投影させているんだと思います。ひょっとすると「もし自分が殺人犯になったら、こうなるんだろうか」ということなのかもしれない。

 

でもそれは「自分がそうする」ということではなくて、「俺だってこういう育ち方でこうなったら、そりゃ殺すよな」って共感できるかどうか、ということ。たとえそれが原作モノであったとしても、「借り物」のままでは魂が入らない。つまり、一度自分の中にちゃんと(そのキャラクターの魂が)入って昇華されないとダメなんです。その殺人犯がものすごく魅力的に思えるぐらいじゃないと、脚本は書けないんです。

 

——なるほど!

 

金巻:そういった意味では、脚本家はもともと固執するアイデンティティを持っていないのかもしれないですね。

 

宇治田:そうかもしれないですね。

 

金巻:それぞれのキャラクターが面白くなってくることが、優れた脚本の「核」であるような気がします。「こうでなくちゃ」と決めつけると、全部が1つのキャラクターになってしまうし、それそれがバラバラに動きすぎてしまっても、収拾がつかなくなってしまう。それを上手くまとめながら進めていくのが、脚本家の腕の見せ所なんです。先程、高橋さんもオープンスクールの中でお話されていましたが、「ストーリー上はキャラクターに右に行って欲しいのに、どうして勝手に左に行くんだ!」っていうことはよくありますね。

 

ーー自分で書いているのに不思議ですね。

 

金巻:(右に行くはずが)こいつは絶対に左に行くよなって気づいた時は、ストーリー自体を変えざるを得ないんです。そのまま現場に持っていくと、役者からも「いや、こっちには行かないでしょう!」という声が上がって、現場が成立しなくなるんです。脚本の段階から「人間」としてちゃんと描かれていないと、役者は動けないですから。

 

ーーアニメの場合はキャラクターや背景もすべて絵で描きますが、実写の場合はロケで俳優さんがそこに立つだけでも絵になります。全て作らなければいけないアニメと、既に目の前にあるものを撮ることができる実写とでは、脚本のアプローチや捉え方は違ってくるものですか?

 

金巻:(アニメは)自分でゼロから動きまで全部作るものですから、「行動原則」はかなり厳密に脚本に書き込む必要がありますね。アニメを長くやっていると、演出家っぽい見方が出来ないと書けなくなってくるんですが、演出家までいっちゃダメなんです。

 

ーー演出的な要素も脚本に入れるけど、全部を決め込まないようにする、ということですね。

 

金巻:人物の動きにしても、状況・ストーリー・ドラマにしても、「段取り」を具体的に書いていくのがアニメの脚本であって、そこに演出や役者の動きの入る隙間を開けていくのが、実写の脚本だと思うんです。その隙間の中に、演出家や役者の考えるフィールドがある。でも、TVアニメでそれをやってしまうと整合性がつかなくなってしまうから、ある程度決め込んで行かないとならないわけです。

 

ーーつまり、アニメの場合は『夏目友人帳』のような原作モノであっても、『ぱにぽにだっしゅ!』※2のようなキャラクターが暴れまわる不条理な作品であっても、脚本の作り方自体は同じということですね。

 

※2:氷川へきるさんのマンガ『ぱにぽに』を原作とした2005年放送のTVアニメ作品(シャフト制作、新房昭之監督)。独自の映像手法と不条理な展開で、当時のアニメファンに新房監督とシャフトの名を轟かせた快作だ。

 

金巻:その通り。そこをわかっていないと「スラップスティックはこういう書き方だから……」となりがちで、全体のバランスが壊れていってしまうんです。スラップスティックだからといって、なんでもやっていいというわけではなくて、単にキャラクターの振り幅を考えて動かしているだけなんです。

 

ーー『ぱにぽにだっしゅ!』の脚本を手がけられた高山カツヒコさんのお話を伺ったことがあるのですが、(『ぱにぽにだっしゅ!』では)キャラクターのテンションのチューニングをどうするか、というお話をされていたので金巻さんのいまの説明とつながりました。

 

金巻:高山回と僕の回では微妙に差があって面白いんですよ。あんなのよく放送できたなと思いますけど(笑)。

 

ーーシャフトと新房昭之監督の最初期の代表作ですね(笑)。

 

金巻:無茶していましたからね。

 

 

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