「私たちなりの方法論をいかにして見つけられるか」ということが、すごく大事だったんじゃないかと思うんです

 

――実は最近、いわゆる世代間ギャップというか、それこそ若い人たちとの間に見えない壁を感じて、不安に駆られることもあるんです。渡辺さんは今回、若い人たちと一緒にドラマを作っていく過程で、価値観や感覚の違いのようなものを感じる瞬間はなかったのでしょうか。

 

渡辺:う〜ん。私自身は特に感じなかったですね。世代はあまり関係ないんじゃないかな。先日とある大学生の集まりに参加したのですが、彼らの話している内容がものすごく良くわかったんですよね。人間が根本的に抱えている「問い」というものは、ある種いつの時代にも共通する普遍的なものであり、仮に1000年前とか2000年前の人であったとしても、ちゃんと共有できるようなことなんじゃないかと思うんです。

 

――もはや世代どころか時空すら関係なく(笑)。

 

渡辺:そう、関係ない。もちろん、そのまわりにあるファッションや聴いている音楽なんかに目を向けると違ってきてしまうとは思います。でも、人間が本当に考えなければいけないような問題に立ち返ると、実はすごく共有出来ることがあるんじゃないかな。そう考えると、大学の寮は「本質を共有するための場所として位置付けられている」ともいえるのかもしれない。男の子なのにセーラー服を着ていようが、ワンピースを毎日着てようが、そこに一歩入ったら、皆がいろんなことを脱ぎ捨てて、本質に向き合える場所という意味で。

 

――なるほど。

 

渡辺:実は『ワンダーウォール』のディレクターは、25歳のいわゆるイマドキのオシャレな男性なんですが、大学の寮に一緒に取材に行ったときに、それまで自分が人生の中で経験したことのないような幸福感やぬくもり、人と触れ合うことの温かさみたいなものを感じた、と言っていて。寮生と一緒に鍋を囲んだらしいんですけれど、なぜかその瞬間に「スーっ」と呼吸が深くできるようになったみたいで。実際に彼もそこに触れるまでは、自分が息苦しい状況にあったということに気付けていなかったんだと思うんですよ。

 

――自覚症状すらない状況に置かれている、と。

 

渡辺:世の中には、実際に自分が触れてみない限り気付けないことってあるじゃないですか。「まだまだこんなに面白いことがあって、それに自分はこんなに感動できるんだ」とか喜べたり楽しめることを経験することで、そこで初めて「自分が何を求めていたのか」とか「何に飢えていたのか」ということがわかることって、実はとても多いと思うんですよね。そういった経験が、1つでも多くいろんな世代の人たちに与えられればいいな、と思います。

 

――いまの渡辺さんのお話を伺っていて、なぜ『ワンダーウォール』が多くの人を魅了するドラマになったのか腑に落ちました。ちなみに、SWAMP編集長の加藤さんからも、一言お伝えしたいことがあるそうで。

 

SWAMP加藤:女性ばかりの所で恐縮なんですが、男性視点でこのドラマを観ていてですね、やっぱりあのシーンでは「おっぱい」に目がいってしまったんです。

 

渡辺:あはは(笑)

 

SWAMP加藤:あんなに緊迫したシーンなのに、思わず「あ!」と思いながら見ていたところ、それを見透かされたかのようにドラマの中でも「いや、そりゃ見るよ!」みたいな熱い討論が繰り広げられていて。いかにも若者ならではだと思いまして。

 

――ああいうシーンって、どうやって脚本に書いていかれるんですか? やはり香役の成海璃子さんのキャスティングありきだったりするのでしょうか。

 

渡辺:いや、それがそういうわけではないんですよ! なんと成海さん自らオーディションに参加してくれたんです。私は女性なので、確かに脚本にあのエピソードは書いたものの、実際に胸がどうこうっていうのはキャスティングの段階では考えていなくて。でもそのシーンのあとで、香が寮の部屋にやってきて、いきなり「経済至上主義が……」というような話をするじゃないですか。突然あんなに強い言葉を発しても「説得力がある」と感じさせるためには、「そういう落ち着いた雰囲気と深い声の持ち主が必要だ」という観点で探していたら、成海さんに行きついて。正直、胸のことはあとから気づいたんです。でもそういえば男性陣が「見つかったよ! やっぱり成海さんだよね」ってすごく嬉しそうではありました(笑)。

 

――あのシーンは、このドラマの肝であるとも言えますよね。ちなみに学生たちの寮に対する想いを「恋」にたとえた理由とは?

 

渡辺:そこは結構工夫したところですね。いかにすれば「あんな汚い場所には全然興味がない」という人たちにも、彼らの想いを広く伝えられるのかなと考えたときに、これは「恋情なんだ」っていうことが一番ロマンティックだし、素敵なものとして捉えてもらえるんじゃないかなという、私なりの工夫ですね。

 

――あぁ、なるほど! それこそ渡辺さんが先程お話しされていた「ゆるふわ」の手法なのですね。ストレートに言うんじゃなくて、違う形にした方が伝わるというような。

 

渡辺:そうです、そうです! 実は、かつて阪神淡路大震災をテーマにした『その街のこども』というドラマを作った時に、同じような手法をとったことがあったんです。あの時は、まだ「3.11」の前だったので、「そもそも震災のことをドラマで思い出させるべきなのか」という議論が最初にあって。「辛い出来事なのでなるべく思い出したくない」という人たちも沢山いた。ではドラマで震災を描くときに、どうやったらそういった問題を乗り越えることが出来るのか。「震災を経験した人にも、していない人にとっても辛いものにしないためには、どうしたらいいのか」ということを真剣に考えたときに、ある意外なキャッチフレーズを思いついて。そこに向かって一気に作っていくことができたんです。

 

災害や戦争をテーマにしたドラマを作っても、辛いだけだと人は見てくれないんです。その理由は誰でもわかりますよね。自分だって、昨日あったことや今日あった出来事でいっぱいいっぱいなのに、それ以上の負荷をかけられたくないじゃないですか。いちいちテレビをつけて、そんなに重たいものをこれ以上背負いたくないという状況に皆さんがあることは、私自身もすごく理解できるので。

 

じゃあ、どうすれば「辛いだけのものにはしない」ことが出来るのか。一方でそうやって「何かについて考えること」というのは、すごく楽しいことだとも思うんです。人と分かち合うことであるとか、辛いことを1つの場を中心にして誰かと共有し合うようなことって、本来は慰められることというか、前向きなことであると思うんですよね。

 

例えば『ワンダーウォール』というドラマのオープニングタイトルひとつとっても、通常のNHKの文脈からいうと、太字の毛筆体で「バーン」とか、音楽も「ドーン」みたいな感じに成りがちですよね。でも、今回はあえてそこから外れたところで「私たちなりの方法論をいかにして見つけられるか」ということが、すごく大事だったんじゃないかと思うんです。そういったこだわりこそが「これまで私自身が学んできたやり方なんだ」と言えるところでもあるので。

 

――「辛くて重いだけじゃない伝え方」ということですね。ちなみに、過去のインタビューで渡辺さんは「幸せ過ぎると良い脚本が書けなくなる気がする」と語られていたんですが、いまは「幸せでも良い脚本は書ける」とお考えですか?

 

渡辺:そんなこと言ってましたっけ(笑)。今は「幸せじゃないと作れない」と思いますね。でも、両方かな。辛い経験をちゃんと自分でしていないと、理解できないことも沢山ありますけれど、そればかりだときっとうまく表現できないと思うんです。自分自身が幸せじゃないと、辛いものばかりを人に与えてしまう気がして。つまり自分に「消化力」がないと、良いものを作ることが出来ないんじゃないかな。■

 

 

「辛さも幸せもわかった上で、初めて伝えられるものがある」という考えは、ドラマ『ワンダーウォール』にも如実に現れていると感じます。今回お話していて「ゆるふわ」というオブラートにくるんで、決して「ゆるくない」ことを広く伝えていきたいという、渡辺さんの切実な想いがひしひしと伝わってきました。

 

ドラマ『ワンダーウォール』から派生する新たな動きをきっかけに、「自分の頭で考える楽しさ」を、1人でも多くの人たちと共有していきたいです。

 

(写真・加藤真大)

 

 

京都発地域ドラマ『ワンダーウォール』 

 

NHKオンライン:http://www.nhk.or.jp/kyoto/wonderwall/

 

©NHK

 

 

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