『モリのいる場所』は「ワクワクして楽しい」

 

加藤:というところで本作の……

 

牛尾:え!?  そんなところで良いんですか(笑)!?

 

(一同笑)

 

加藤:結構、関連付くかなと思いまして。

 

牛尾:あ、はい(笑)。

 

加藤:『モリのいる場所』は実写映画ではあるのですが、最初に庭のシーンを見たときに、ものすごくカラフルだなと思ったんです。庭の鮮やかさがアニメみたいな印象を受けて驚いたんですが、だんだん物語が進んでいくにつれて、昭和っぽい描写やドラマに引き込まれて。

 

牛尾:(音作りに関しては)特にアニメを意識しているわけではないので、それはもう沁み込んでいるものですね。

 

加藤:お話自体も淡々と進むところは淡々と進むし、あまり本筋と関係ないところで盛り上がるところもあったりして、トリッキーな作品だなという印象があるんですけれども、牛尾さんが最初にこの作品に触れたときは、どんな風に思われましたか?

 

牛尾:脚本を拝見して、とっても面白かったから、もう絶対にやりたいなと思いました。もともと『南極料理人』がすごく好きだったし、沖田さんからお声がかかったことをすごく光栄に思っていたので。とにかく脚本がすごく面白かったんですよね。

 

――映像ではなく、脚本を読まれてこのお仕事を受けることを決めたということですか?

 

牛尾:そうですね。まだ全然画はなかったので。撮影に入る前にお声がけいただいたんです。

 

――牛尾さんは、白石和彌監督の『サニー/32』の劇伴も手掛けられていますが、沖田監督がミュージシャンとして参加されているのを観て「何でだろう?」と気になって。

 

牛尾:いや、僕も「何だろう?」って思いましたね(笑)。白石監督から、殺人を犯した少女を称えている、ニコニコ動画とかにあがってそうなヒップホップみたいな音が欲しいと言われて、「じゃあ、ラッパーどうしましょう?」となった時に、「シロウトくさい方ががいいだろう」という話をしていて。「じゃあ、白石監督やってくださいよ!」って言ったら「いや、俺より適任がいる」って白石監督が連れてこられたのが、沖田監督だったんです(笑)。

 

――その時既に『モリのいる場所』の話は来ていたんですか?

 

牛尾:もう決まっていたんですが、白石監督は僕が次に沖田監督の作品をやるって知らなくて。

 

――では、全くの偶然?

 

牛尾:そうです。白石監督が沖田監督に「ちょっとラップやるから来て」って声をかけて、沖田監督も面白がって「行く~」って。それで現場で「音楽担当の牛尾です」って挨拶したら、沖田さんが「えぇ~っ!?」って。それが沖田監督との初対面でしたね。

 

――別々に話が進んでいたんですね! となると、そもそも沖田監督はなぜ『モリのいる場所』の音楽を牛尾さんに……?

 

牛尾:後から聞いた話ですけど、『聲の形』※3をご覧になったみたいで。だから元から知り合いだったわけではなく。初対面で僕、沖田さんにボーカルディレクションをしているわけですからね(笑)。

 

※3 『聲の形』は『リズと青い鳥』と同じ山田尚子監督のアニメ映画。第40回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞も受賞しており、山田監督の代表作の1つ。

 

――ははは(笑)。それは不思議なご縁ですね。

 

牛尾:そうですね。

 

――ちなみに、決め手となったのは脚本が面白かったからとのことでしたが、牛尾さんが面白いと感じる場合、具体的には「これに音を付けてみたい」とか「音が聞こえてくる」といったような感じなのでしょうか?

 

牛尾:「音が聞こえてきて」みたいなのって、なんかミュージシャンとかアーティストっぽいエピソードだから良さそうなんですけど(笑)、でも「こんな音を当ててみたいな」とか「こんな音が浮かんでくる」というよりは、「自分がやれるな」って思ったんですよね。自分が志向するものと近しいことができるだろうっていうのがありまして。

 

――なるほど。具体的に脚本のどういうところから、そう感じ取られたんですか?

 

牛尾:脚本を読んだ段階で、すぐにわかったわけではないんですけれど、いまこうして制作を終えてから振り返って考えてみると、沖田さんの作品って、どんどんどんどん小さいものにフォーカスしていくというか、顕微鏡的に見ていくようなところがあって。ハリウッドのブロックバスター作品だったら誰も気づかないような、ほんのちょっとの感情の揺らぎが、すごく大きな事件のように映るじゃないですか。

 

――えぇ。

 

牛尾:そういう遠目に見たらすごく小さい何でもないような変化なんだけど、それが大きな事件に映るくらいの繊細さみたいなものは、自分が志向するものと近かったので、すごくぼんやりとした感じではあるんだけれども、自分がいままで作ってきたものとも近いんじゃないかなと思ったんです。

 

――ということは、新しいことに挑戦するというよりかは、いままでの引き出しをいろいろ開けてみたら、何か出来るかも……というイメージですか?

 

牛尾:いや、例えば自分の蔵書の中からアレとコレを出してこういうふうに組み立てようっていうのが引き出しだと思うんですけど、そういうことではなかったですね。もっと原初のモヤモヤした思いみたいなもので、「これをやったら新しいことができるかも」とか「これをやるのは楽しそう」みたいなイメージと言ったらいいのかな。

 

――なるほど~。

 

加藤:冒頭でモリが庭の中を進んでいくシーンが「いったい何が出てくるんだろう?」と、すごくワクワクさせてくれるような音楽であり、映像であるなと感じたんです。牛尾さんは、この映画の世界のどのあたりにフォーカスを当てて音楽を作られているんですか?

 

牛尾:それを感じていただけたのは、すごく嬉しいですね。「ワクワクして楽しい」っていうのは、もう一歩深く入ると、庭の中に色々出てくる発見だったり、冒険みたいな楽しい気持ちであって、たぶんそれは「生きている」っていうこととイコールなんです。さらにもっと言うと、それはモリっていう人のことだと思うんですね。だから、一番僕がフォーカスしようと思ったのは、「モリってどういう人なんだろう?」っていうことなんです。

 

――そうだったんですね。

 

牛尾:モリって、いわゆる「画家」ではないじゃないですか。僕たちが「画家」と聞いてパッと思い出すようなタイプの絵を描いた人ではないし、僕たちが「画家」として思い描くような人生を歩んだ人ではないので。そのモリを描いた映画に音楽を付けるにあたって、どういう音楽であればいいのかなと考えたときに、一般的なところからちょっと外れてはいるんだけれども、決して奇をてらっているわけではなくて、本当に自然体で生きて楽しんでいるモリそのものが、まず僕の音楽の念頭にあったんです。

 

そこから庭で冒険をするモリの楽しさにつながって、暗闇の向こうからヘッドライトをつけてやってくる男たちの楽しさにもつながり、三上博史さん演じる謎の男との何ともいえない可笑しなやりとりへつながって……という感じになってくると思うので。とにかく「モリが生きている」ということを根っこに据えるという感じでしたね。

 

加藤:やっぱり中心はモリであり、モリのいる庭であり、庭で育まれる生命であるということなんですね。

 

牛尾:そうですね。

 

 

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