モリと音楽と、「歩く」ということ

 

――『リズと青い鳥』のときは、山田尚子監督とコンセプトワークから一緒に作っていかれた、というエピソードをインタビューで拝見しましたが、『モリのいる場所』に音を付けるにあたって、沖田監督とも同じように共同作業をされたのでしょうか?

 

牛尾:そこまでずっと一緒にっていうわけにはいかなかったんですが、撮影に入る前に、どういうものを沖田さんがやりたいのかという話はしましたね。実は最初、沖田監督は昭和のあの時代の老人を山﨑努さんが演じていて、そのアップに電子音が付いたら面白いっていう発想だったみたいなんですけれど、その後に「やっぱり違ったかも……」っておっしゃっていて。沖田さんと話していく中で、どういう音楽が必要なのかっていうことで、僕はモリにフォーカスしていったんです。

 

加藤:そうなんですね。

 

牛尾:例えば、実際の守一さんってチェロをお弾きになるんですけど、じゃあチェロの曲を書けばいいのかっていうと、僕はそうではないんじゃないかなと思って。じゃあ、チェロを叩こうって思ったんですよ。チェロを叩いたパーカッションの音を使って、その試作を重ねていくうちに、シンセサイザーで作るんですけど、いわゆるクラシカルな楽器をそのまま使うのではなくて、少し外れた使い方をするとか、少し外れた編集をしてみるとか。そういう風に「楽器を楽しむ」みたい感じで、アレンジをするときにピアノのポーンっていう音を、「途中で切っちゃえ!」とか。そういう楽しい感じを取り入れていきましたね。

 

――なるほど。実は『モリのいる場所』は昭和の時代が描かれているものの、どこか今っぽい感じがしたんです。普段映画を観る時は、音楽だけフォーカスして観るということはなかなかないのですが、いま牛尾さんのお話を伺って腑に落ちました。その今っぽさというのはきっと、最初に沖田監督が「モリの顔のアップに電子音を付けてみよう!」と思われた発想であったり、昭和という時代や守一さんゆかりのものから、さらに新しいものを生み出そうとされた、牛尾さんの音楽によるところが大きいのかもしれないですね。

 

牛尾:必ずしも昭和ということは意識しなかったんですよ。もちろん、モリたちがみんなでテレビのドキュメンタリー番組を見ているシーンや、ドリフっぽい場面は別ですけど、直接的な時代背景は、実は音楽的にはあまり関係なくて。たとえば、もしモリが江戸時代に生きた人だったら、この音楽のまま時代劇もいけるだろうし、モリがモリのままだったら、SFになってもいけるんじゃないかなって思わせるような音楽になっているとは思いますね。

 

――面白いですね。人を音で表現するとはどういうことなのか、もう少し具体的に伺えますか?

 

牛尾:う~ん、なんだろうなぁ……。完全にモリを自分に憑依させて「それ、弾きますよ」って感じではなくて。何の予備知識もなく「熊谷守一って、画家の大家なんでしょ?」って思っている人がこの映画を観たときに、モリという人を理解するための「手すり」になるような音楽であろうとしているんです。なので、人を表現するというよりは、モリが生きているとか、楽しいとか、そういうところに僕は感じ入るところがあるんですけれど、その世界を作るための「手すり」を作ろうとしているというか。

 

――「手すり」とは、ガイドのようなものですか?

 

牛尾:そうですね。ガイドになっていって欲しいと思います。たとえば、映画の中には出てこないのですが、撮影現場のモリの家にはピアノがあるんですよ。

 

――へぇ~! そうなんですね。

 

牛尾:もう鍵盤がガタガタで、調律もされていないピアノなんですけど、なんとなくそれが見えるような音楽にしたいなって思ったんです。

 

――スクリーンに映っていなくても「あ、この家にはピアノがあるんだ」って音から想像できるって、すごく豊かなことですよね。実際、モリについてかなりリサーチされたんですか?

 

牛尾:モリの書いたエッセイを読んだり、美術館に行ってモリの描いた絵を観たりっていう程度ですが、それをやっている最中に、結構要素がそろってくるんです。とはいえ僕の作家性の先にあるものだから、勘違いもあるのかもしれないけど、それは沖田監督との打ち合わせのなかで作っていけるものなので。

 

――やっぱり音楽を生み出すにあたっては、材料が沢山あったほうが作りやすいものですか?

 

牛尾:いきなり「何でもお好きにどうぞ」っていうのは、意外と作りにくいんです。コンセプトワークとかって、可能性を狭めていく作業なんですよ。物が出来上がるのって、可能性がゼロになるっていうことだから。そういう材料を集めていくっていう感じですかね。

 

――すごく面白いです。実は「物が出来上がるのは可能性がゼロになること」って、ちょうど『リズと青い鳥』を劇場で観て実感したことでもあるんです。私はこれまであまりアニメに触れてこなかったのですが、『リズと青い鳥』を観てものすごく衝撃を受けたんですよね。当たり前のことなんですが、アニメには一切アドリブって存在しないということに初めて気づいたというか。全てが計算されてコントロールされているものから受け取る印象という意味では、実写映画と大きく異なりますよね。牛尾さんがアニメ作品に音楽を付ける場合と、実写作品に音楽を付ける場合、具体的にどんな違いがあるのかすごく気になって。

 

加藤:それにちょっと補足させてもらうと、SWAMPっていうメディアは、例えば『リズと青い鳥』が好きなアニメファンにも『モリのいる場所』を楽しんでもらいたいし、アニメを普段観ないという人がたまたま『リズと青い鳥』の記事を目にして、「これも面白そうじゃん!」って、どんどん広がっていって欲しいなという思いで作っているんです。

 

牛尾:なるほど。すごく具体的なことを言うと、これはもう職業的な問題になるんですけれど、実写に音楽を当てる場合は、もう画が出来上がっているんですよ。ピクチャーロックといって、CGとか色とかはまだ荒い状態なんですけど、こういう映画ですよっていうのは、もう出来上がっているんです。でも、アニメの場合は最後の最後まで画が出来ていないので、音の付け方自体に大きな違いがありますね。

 

――作業工程からして違うということですね。

 

牛尾:そうなんです。あとは効果音の違いですね。というのも、アニメには効果音という物自体、存在しないんです。画なので効果音は付けないと「無い」んですよ。

 

――なるほど!

 

牛尾:でも、実写には衣擦れの音とか、ある程度の音がそもそもあるんですね。もちろん後でまた付けるんですが。

 

――自然に発生する音がそもそもあると。

 

牛尾:そうです。その音にどう影響されるのか、という問題があります。たとえば『リズ~』は冒頭に主人公が歩いていくシーンがあるんですが……あ! そういえば、これは『モリのいる場所』と一緒ですね。

 

――確かに『モリ~』の冒頭も、山﨑努さんが庭を歩いていくシーンから始まりますよね。

 

牛尾:『リズ~』は特殊な作り方をしているので、ダイジェストでいうと山田監督がコンテを切って、コンテ撮といって、コンテがパッパッパッて尺で切り替わってそのまま映像になっているものを受けて、それに僕が効果音を当てていく。つまり歩くテンポとかは全部僕が決めたんですよ。

 

――へぇ~! 面白い。

 

牛尾:それが全部テンポに合ったり、合わなかったり。あれは「互いに素」がテーマになっているので、主人公二人の足音がBPM100とBPM99でずっと鳴っていて、それが互いに素で絡み合わないとか、そういう風に作っていくんです。

 

――アニメの場合、そこまでち密なんですね。

 

牛尾:一方『モリのいる場所』は、予め画が出来ているので、モリが歩いていくシーンでは、モリの足音がもう既に決まっている。つまりモリの歩くテンポが決まっているから、そのテンポを割り出して、スティーヴ・ライヒの「パルス」という手法ですけど、それに合わせて木琴を奏でている。それに対して、虫、蝶、猫が出るたびに音がメタモルフォーゼして出ていきながら、まわりにそのパースペクティブを作るためのノイズが鳴っている、という作り方をしています。

 

――ほぉ~!

 

牛尾:つまり、アニメも実写もそれぞれ「歩く」という点では同じことをしていますが、作り方がトップダウンとボトムアップとで全く逆の作り方をしているんです。

 

――へぇ~!

 

牛尾:これ、自分で言っていて面白いかも……(笑)

 

――ものすごく面白いです(笑)! ビックリしました。

 

加藤:『リズ~』の話で言うと、歩いているだけで「これは音楽なんじゃないか」って感じたんです。テンポがものすごくしっかりしているし、そこからも音楽で物語る作品だと思うんですよね。

 

牛尾:はい。

 

加藤:山田監督にも先日お話を伺ったんですが、いまの牛尾さんの解説で、それが一気に繋がった感じがします。

 

――歩くだけでそんなに違いがあるんですね~。

 

牛尾:そうですね。とはいえ実写である『モリのいる場所』の方は画があるといっても、音楽のことを意識されている映像ではないので、そういう意味では(モリも一定のテンポで歩いているわけではないので)テンポから自由なんですよね。あとは四分の四拍子とか、音楽的な要素も自由なんです。そんなことを意識しながら人は歩かないので。でも逆に言うと『リズ~』の方は、コンテを切る前にテンポだけ山田監督と二人で決めたんですね。「ここはBPM110で行きましょう!」とか。

 

加藤:やっぱりテンポは先に決めていたんですね。

 

牛尾:そう。テンポはなるべく合うように作っている。ただ、効果音をどんどん音楽にのせていってテンポもばっちりで軽快な、という感じにならないように気をつけていますね。

 

加藤:ということは、アニメと実写は手法が異なるだけで、作品に音楽を付けること自体に関しては、根底にあるものは変わらないということですか?

 

牛尾:そうですね。コンセプトをベースにして、そこから僕は演繹的に作るやり方をするので、やっていること自体はそれほど変わらないですね。ただ、山田さんと一緒にやる場合は、何も出来ていないところから一緒にやるので、別ですけどね。

 

加藤:なるほど。

 

牛尾:ベーシックに見据えて、それに外れないように作っていくっていう点では、同じかもしれないですね。

 

 

インタビューは後編(5月20日公開予定)へ続きます! さらに踏み込んだ沖田監督との音楽作りのエピソードや、牛尾さんの音楽作りのコアに迫る、読み応えたっぷりの内容なので、お楽しみに!

 

 

■後編はこちら

 

(写真:加藤真大)

『モリのいる場所』概要

 

『モリのいる場所』

 

5月19日(土)シネスイッチ銀座、ユーロスペース、

シネ・リーブル池袋、イオンシネマほか全国ロードショー

 

配給:日活 制作:日活、ダブ

2018年/日本/99分/ビスタサイズ/5.1ch/カラー

 

 

監督 /脚本:沖田修一

出演:山﨑努、樹木希林

加瀬亮 吉村界人 光石研 青木崇高 吹越満 池谷のぶえ きたろう 林与一 三上博史

 

2018年/日本/99分/ビスタサイズ/5.1ch/カラー配給:日活

 

 

 

公式サイト:http://mori-movie.com/

 

 

 

「モリのいる場所」オリジナル・サウンドトラック
レーベル:SMALLER RECORDINGS
配信日:2018/05/19

 

<通常音源>

iTunes:https://itunes.apple.com/jp/album/id1382597540?at=10lpgB&ct=4542696008299_al&app=itunes

レコチョク:http://recochoku.com/s0/morinoirubashooriginalsoundtrack-disc/

Mora:http://mora.jp/package/43000001/4542696008299/

Apple Music:https://itunes.apple.com/jp/album/id1382597540?at=10lpgB&ct=4542696008299_al&app=music

 

<ハイレゾ>

レコチョク:http://recochoku.com/s0/HiR-morinoirubashooriginalsoundtrack-disc/

Mora:http://mora.jp/package/43000001/4542696008312/

 

 

(c)2017「モリのいる場所」製作委員会

 

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