5月26()より公開された深田晃司監督最新作『海を駆ける』。

 

SWAMP(スワンプ)では、先日行われた完成披露上映会のレポートに続き、深田晃司監督の単独インタビューを敢行!

 

映画がやりたいのに演劇の世界に入ったきっかけから、ディーン・フジオカさんのファンを巡る驚きの考察、そして「いい映画とは鏡である」発言の真意まで、たっぷりと伺ってきました。そのインタビューの模様をお届けします!

 

インドネシアでの撮影と、深田監督の「演劇詐欺」とは?

 

 

――実は、もともと深田監督を知ったきっかけは、2011年の2月末に開催された『こまばアゴラ映画祭』※1 だったんです。「なぜ青年団の演出部の方が、映画祭をやるんだろう?」って、すごく興味があって、ワークショップにいろいろ参加させてもらったんです。「映画とお金を考える」という座談会、ものすごく豪華なメンバーでしたよね。

 

※1 駒場東大前にある、こまばアゴラ劇場で行われた映画祭。劇作家・演出家の平田オリザさんが主宰を務める劇団「青年団」の深田監督と、俳優の中村真生さんが発起人となり開催された。

 

深田晃司監督(以下、深田):うわあ、懐かしい! 入江悠監督とか本広克行監督にも来てもらったんですよね。

 

――というわけで、深田監督の動向には当時から注目していたんですが、中でも何が一番衝撃的だったかというと、自分の作品しかり、別の監督の作品しかり、自らも制作者でありながら「こんなにも自分の言葉で、作品について語れる人がいたとは!」という驚きだったんです。

 

私自身、もともと配給・宣伝の仕事をしていたので、舞台挨拶の司会をする機会もあったのですが、「深田監督なら、聞き手が要らないなぁ」なんて思ったりもしていて(笑)。

 

深田:あぁ、「一人司会、一人トーク」みたいなことは、よくあります(笑)。

 

――映画祭などで世界各国の監督のティーチインを見る限り、あまり言葉で語りたがらない監督の方が多い気がしていたので、「なんて新しい監督が出てきたんだろう!」と心底びっくりしたんですよね。

 

深田:いやはや、良いのか悪いのか(笑)。

 

――ちなみに、SWAMPでは現在公開中の『ザ・スクエア 思いやりの聖域』という映画も紹介しているのですが、『ザ・スクエア~』のリューベン・オストルンド監督も、「記者や観客と自分の作品について話すのも、監督の仕事だと思っている」と来日時の舞台挨拶でおっしゃっていたのが、印象的だったんです。深田監督はオストルンド監督と親交がおありなんですよね?

 

深田:日本映画で最も好きな作品として、『淵に立つ』を挙げてくださっていて。

 

――まさに『淵に立つ』がカンヌ映画祭の「ある視点部門」で審査員賞を受賞されたときの審査員の一人が、オストルンド監督だったんですよね。

 

深田:そうなんです。先日久しぶりに日本で再会しました。

 

――SWAMPでは、『蝶の眠り』という日韓合作映画のチョン・ジェウン監督にもインタビューしているのですが、韓国人の監督が日本と韓国の俳優を起用して、日本で撮影している映画なんです。一方『海を駆ける』は、日本人である深田監督が、インドネシアのバンダ・アチェで、日本とインドネシアのスタッフ・キャストを起用して撮影されていますよね。

 

先日の完成披露上映会の舞台挨拶でも、ディーン・フジオカさんはもちろん、太賀さん、鶴田真由さんがインドネシア語で演技をされていることについて、かなり話題になっていましたが、具体的に深田監督は今回どのように演出されたんですか?

 

深田:まず言葉に関しては、英語だったらなんとなく言っていることはわかるし、こちらの言葉もある程度は伝わるんですけど、インドネシア語になるともう、基本的にお手上げですよね。でも、英語でもインドネシア語でも、表情とか、言い方とか、テンションによって、ちゃんとコミュニケーションが取れているかどうかは、言葉が通じなくてもわかるんです。

 

自分の場合はそういうところをまずは重点的に見るようにして、単純に言葉の「てにをは」とか、発音が間違っているかどうかというのは、メイスク・タウリシアさんという、インドネシア側のプロデューサーにすべてお任せしていました。

 

 

――なるほど。

 

深田:ヘッドフォンを通じて、すべてのセリフを一緒にリアルタイムでチェックしてもらって、何か問題があったらどんどん直してもらうという感じで。ある意味、映画は集団創作するものだし、別に監督がすべての領域をフォローしているわけではないので、自分の方では俳優の表情や動きが見られさえすればよくて、インドネシア語のプロンプ的なところは、インドネシア側のスタッフにすべて任せていた感じですね。

 

――ということは、深田監督がこの映画を撮る上では、インドネシア語は特に障壁にはならなかったわけですね。

 

深田:そうですね。

 

――撮りたい場所で、撮りたいテーマさえあれば……

 

深田:あとは何とかなるだろうって(笑)。

 

――なるほど。先日の舞台挨拶でディーンさんが撮影中に印象的だったエピソードとして、一つのセリフを日本語とインドネシア語と英語で一度試してみることだった、とお話しされていましたが、監督としてはどういう意図があったんですか?

 

深田:実はあれはけっこう昔のことで、そんなに正確には覚えていないんです。率直に言うと、ディーンさんとは今回初めてご一緒したので、まずはディーンさんのしゃべり方の傾向をさぐるために、いろんな言語でしゃべってもらったということは、あると思いますね。

 

――そうだったんですね。

 

深田:もともとディーンさんの役は無国籍なキャラクターで考えていたんですが、それについては、既にこれまでのディーンさんの生き方自体が裏打ちしているので、あまり心配していなかったんです※2。

 

(※2 ディーンさんは福島県生まれで、20代の頃に香港でモデルから映画の主演に抜擢され俳優デビューして、台湾や北米でも活躍。現在はご家族がジャカルタで暮らしつつ、日本でドラマや映画に引っ張りだこなのは、皆さんもご存知の通り)

 

言葉ということに関していえば、自分は日本語以外のことは正確にはわからないんですけど、ただ、どの国の俳優の演技でもベースは一緒だと思っています。

 

――というと?

 

深田:いい演技っていうのは、共演者とちゃんとコミュニケーションが取れているように見えること。そこはまず撮影に入る前にキャストに伝えたし、事前にワークショップみたいなこともやって、各自それを実感してもらってから始めた、という感じでしたね。

 

――へぇ~!

 

深田:インドネシア語だろうが、英語だろうが、日本語だろうが、「ちゃんと生々しく相手の言葉に反応して返す」ということをやってくださいと、お願いしました。

 

――他人との関係性やコミュニケーションの取り方というのは、深田監督のこれまでの作品にも一貫しているところですよね。

 

深田:そうですね。

 

――監督は青年団の演出部に所属していたことから、「俳優と臆せずに接することができるようになったし、彼らと話しながら一緒に映画を作ることで、俳優を信頼して映画を作ることを学んだ」とお話しされていた記事を読んだのですが、それはやはり演劇界出身の映画監督ならではだと思われますか?

 

 

深田:僕の場合、「演劇詐欺」みたいなところがあるんですけど……(笑)。

 

――え!?  詐欺っていうのは……?

 

深田:いや、自分は映画美学校を出てから演劇の方に行ったので、出自はそもそも映画なんです。たまに映画評論とか、自分を紹介して下さるような記事で、「演出家出身の深田監督ならでは……」とか書かれるんですけど、1本も演劇を作ったことは無いんですよ(笑)。

 

――1本も!?

 

深田:はい(笑)。青年団に入って、演劇を作るようなふりをしながら、結局ずっと映画を作り続けているので(笑)。

 

――ではそもそも、なぜ映画ではなく演劇の世界の扉を叩かれたのでしょう? 噂によると、実はもともとあまり演劇には興味がなかったとか……。

 

深田:むしろ嫌いでしたからね(笑)。

 

――ははは(笑)。にもかかわらず、あえて青年団に入った理由は?

 

深田:気持ちとしては、「留学」みたいなものなんですけど……。

 

――異文化に入るみたいな感じで?

 

深田:はい。理由はいくつかあるんですけれど、もともと自分は映画オタクだったので、頑迷な映画至上主義者にありがちなんですけど(笑)、演劇が嫌いだったんですね。映画こそが一番だと思っていて、もっと言うと、映画以外のメディアは見下すようなところがあって。

 

――なるほど(笑)。

 

深田:実際に、あまり具体名を挙げると差し障りがあるんだけど、演劇に色目を使ったような映画って、「まぁつまらないな」という風に思っていて……。

 

――え!? いま何と……!?

 

深田:そういう感じでどんどんこじらせて行って、自主映画に出てもらった同世代の俳優さんから、学生演劇に誘われて観に行くと、軒並みつまらないんですね。

 

――はい……。

 

深田:で、ますます演劇が嫌いになっていった中で、やはり俳優さんに誘われて観に行った青年団の芝居が、衝撃的なくらい面白かったんです。それまで僕が観ていた芝居は、俳優が狭い劇場内で大きな声で叫んでいたりとか、やたらと熱演していたりとか。舞台がアツくなればなるほど、こちらの心は冷えて行くので、なかなか直視できなくて。舞台上の端にある椅子のあたりを見ているとちょうどいい、みたいによくなるんですけど。

 

――それは、いわゆる「小劇場」に対する一般的なイメージとも言えるかもしれません。

 

深田:そう。と思っていたら、青年団の芝居は誰も叫ばないし、まるで私たちが日常でしゃべっているようなテンションで、ずっとしゃべり続けていて。

 

――すごく静かですよね。

 

深田:中でもすごく面白いなと思ったのが、誰も簡単に本音を言わないということ。私たちは日常で話していて、そんなに本音なんて言わないじゃないですか。しかも、そもそも本音を言ったつもりでも、それが本音かどうかなんて、実は本人ですらわかりゃしないっていうのが、多分現実だと思うんですね。

 

――はい。

 

深田:青年団の場合、そんな日常と近い距離感で会話が成されていて、観客は「本音はどうなんだろう?」と想像することしかできない。そんな風に、構成がすごく上手いから観客にも想像させることができるっていう。でも、考えてみたら、自分の好きなエリック・ロメール監督とか、成瀬巳喜男監督も、同じことをやっているなって気づいて。それがまず青年団に入ったひとつの理由ですね。

 

――なるほど!

 

深田:もちろん「学びたい」という気持ちも大きかったんですけどね。自分は昔の映画ばっかり観ていたから、現代の俳優との付き合い方というか、現代の俳優のセリフをどう演出したらいいかわからないし、脚本を書いても、いまの話し言葉が書けないな、と感じていて。青年団に入れば、それが勉強出来るんじゃないかと思ったんです。

 

――へぇ~!

 

深田:あとは……実は、もうひとつ理由がありましたね。映画美学校を出て、ずっと自分はいわゆるシネフィル的な生き方をしてきて、シネフィル的な価値観で映画を観ていたわけなんですが、それに対してどこか限界を感じていた、というのもあって。映画でも演劇でも、どのジャンルにおいても総じて同じだと思うんですけど、マニアックになればなるほど、「言葉」は、そのマニアの間でしか通じないような「記号」の交換になっていくんです。

 

――よくわかります。

 

深田:シネフィルにとって気持ちいい「記号」みたいなものを並べると、なんとなくシネフィルは喜ぶ。でも、それには一般性は無い。そんなところに限界を感じていたし、なるべくそこから離れて行きたいという気持ちもあったので、「いっそのこと、真逆の演劇の世界に勉強しに行ってしまおう!」と。

 

――なるほど~。ものすごく興味深いです。つまり、最初から深田監督の見据える先には、映画しかなかったということなんですね!

 

深田:そうですね。だから本当に「留学する」っていう感じでした。

 

――では、もともと青年団の演出部にずっと居るというつもりはなく?

 

深田:まぁ、いまだに居るんですけど……(笑)

 

――えっ!? そうだったんですね!

 

深田:はい。実はいまだに所属は青年団の演出部のままなんですけど、結局演劇は1本もやってないんですよね(笑)

 

――それはすごいですね。あくまで映画的視点で、「演劇から学べるものを吸収したい!」 と。

 

深田:もう「演劇の方にある宝を持ち帰ってやろう!」っていう海賊みたいな気分ですよね(笑)

 

 

■次ページ:『海を駆ける』という作品は、「言語化できないものを、あえてしなくていい映画なんじゃないか」

 

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