いい映画とは、鏡のような映画

 

――そこに副産物が沢山ついてきたっていう感じなんですね! 最後にお聞きしたいのが、先日の舞台挨拶で深田監督が「いい映画とは、鏡のような映画だ」とおっしゃっていて、つまり、映画を通して思想とか考え方とか、生き方が見えてくる。それって、映画の中から自分に興味があることを、ピックアップすることに近いと思うんです。

 

実は、つい最近同じようなことに気づいた出来事があって。先ほども話題にあげた『蝶の眠り』のチョン・ジェウン監督から「観客は映画の中から、自分の人生と関わりがあることを引き出してくれるものだ」といった言葉をかけていただいて、「そうなんだと!」と思ったんです。それとよく似た話を、先日ディーンさんや深田監督も話されていたので、「映画が鏡である」というお話を、もう少し詳しく伺いたくて。

 

深田:なるほど。これ、ちょっと真面目な話になるんですけれど……。

 

――はい。

 

深田:「鏡のような映画がいい映画だ」っていうのは、そもそも青年団を主宰している平田オリザさんが「リトマス試験紙みたいなものだ」という言い方を、確か以前にしていたんです。健康状態がわかるっていうか、健康診断みたいなものだって。

 

――面白いと思えるかどうかで、健康状態がわかるということですか?

 

深田:そう。その人の心の状態がわかる、みたいな言い方をしていて。で、自分は「鏡」という言い方をしているんですが、でもそれって、実はすごく重要なことだと思っているんです。

 

――というと?

 

深田:自分が映画っていうものを考えるときに、プロパガンダっていうことは、どうしても避けて通れないことだと思っていて。やっぱり映画はすごく強い力を持ったメディアであり、表現であり、しかもその上、複製芸術でもある。いわば何万人をも一気に同じ色に塗りつぶすこともその気になれば可能な表現であり、力強い作品であればある程そういったことができてしまうリスクを伴っているんです。

 

――えぇ。

 

深田:だからこそ、戦争中は散々政治的なプロパガンダに利用されてきて、もう日本もナチスもアメリカもフランスもみんなそれをやってきたわけで。そういう時代を経て、いま映画を作ろうとするときに、やっぱり表現の持つプロパガンダ性みたいなものには、ものすごく気を付けなければいけないと思うんですよね。

 

――いまこの時代であっても。

 

深田:そう。ナチスとかだとわかりやすいけど、それに限らず何にでも言えることだと思うんですよ。たとえば映画の中で家族について描くにしても、日本では割と無自覚なままステレオタイプ的に、お父さんとお母さんが居て、子どもがいるのが幸せな家族である、みたいなものがCMとかでしょっちゅう反復されている。そういったイメージが拡散されること自体が、多様な家族像を抑圧しているとも言えるわけで。十分それもプロパガンダなんです。

 

――なるほど。

 

深田:主人公が努力して障がいを克服できたら、カタルシスが得られますよね。プロパガンダをより成立させるための条件は、観客の気持ちを登場人物に共感させカタルシスに巻き込むことでもあるので、そもそも映画にとってカタルシスとは何なんだろうっていうことまで、今この時代に映画を作る人たちは考えなければいけないと思っているんですよ。

 

そこをあまり無自覚でやるべきではないっていう。だから基本的に、皆が気持ちよく泣けるような映画っていうのは、警戒した方がいいと思っていて、まぁ、これ以上あまり余計なことを言うとあれなんで言わないですけど……。

 

――もっと聞きたいですが(笑)。

 

深田:つまり自分の中にこれといった答えがあるわけではなくて、そういった表現が抱えているプロパガンダの危うさから、全力で距離を置くための一番ベターな方法が、観客の想像力に委ねることである。観客自身の思想や見方があぶり出されるような作品にすることだと思っているんですね。そういった意味で「いい映画とは鏡のような作品である」という言い方をよくしています。

 

――なるほど。そもそも深田監督は「自分の作品だけを観客に観てもらえればいい」という考え方は、されていないように思うんですね。

 

深田:まぁ、そう思うように心掛けてはいますね。

 

――それは、映画監督が「映画を撮る」ことだけに集中できる環境づくりであったり、自分も含めて映画周りの仕事をしている人たちが、ちゃんと食べていけるような状況をつくることであったりもすると思うんですが、現実にはなかなか厳しい状況ですよね。

 

深田:はい。

 

――そういった意味からも、メインキャストに誰を起用するのか、ということが、興行的にはとても重要になってくるわけですよね。

 

深田:そうですね。

 

――今回『海を駆ける』の主演にディーンさんを起用するにあたっては、役柄のイメージということ以外にも、やはり戦略的な部分もあったりするんですか?

 

深田:それはディーンさんに限らず、ある程度の数千万円以上の予算で映画を作った時に、誰をキャスティングするのかというのは、確かにすごく重要なので、いつもせめぎ合いですね。そもそも主演クラスになると選択肢が減るので、そこはプロデューサーとの話し合いの中で決めることが多いんです。でも、ディーンさんの場合はちょっと特殊で……。

 

――特殊というと?

 

深田:実は、ディーンさんがこんなに有名人だって知らなかったんです。単純にディーンさんの顔写真を見て「あ! この人いいじゃん!!」って思って選んだので(笑)。今回はプロデューサーがずいぶん物分かりがいいなあと思ったら、もうとっくにブレイクしていた……みたいな感じで(笑)。自分としては無邪気に決めたつもりだったんですけどね。

 

――それはまたすごい話ですね(笑)。

 

深田:とはいえ、結局は今の日本の環境の中で、ギリギリのせめぎ合いをするしかないと思っているんですね。映画が集団創作で予算のかかる表現である以上、完全な監督の自由なんていうものは、世界各国どこの国に行ってもないとは思っています。でも、自由の領域で言ったら、いまの日本は少し狭いですよね。

 

たとえば、フランスみたいに2億円の予算のうち、ほぼ1億円が助成金で集まるような国であれば、商業的なことは相対的にそれだけ意識せずに作れるわけですが、日本だとなかなかそうはいかないので、そういうせめぎ合いのなかで、少しでも自由の領域を広げていくっていうことを、いま自分でコツコツやっていると思っています。

 

――なるほど。

 

深田:なので、基本的にはお金を集めるために、どんな娯楽性を入れないといけないというのは、最後に考えることだと思っていて。まずは自分のやりたいことを実現するために、どうやってお金を集めていくかということの方が、まずは重要かなとは思っていますね。

 

――深田監督が作品の中でずっと追求されている「人間が抱える本質的な孤独を、家族や社会的な関係性を通じて描く」というモチーフは、この『海を駆ける』も含めて一貫しているものだとは思うんですよ。

 

深田:そうですね。

 

――でも、この映画に関して言うと、特に若者たちの関係性において、明るさというか、未来のようなものを感じたんです。もちろん本質的なことは変わっていないとは思うんですが、これまでの作品と比べて孤独感が薄れている点については、今回何か意識されたのでしょうか?

 

深田:孤独っていうのは、もう自分の中で放っておいても在るものなので、それが多めに出るか、少なめに出るかの差であって、無くなるものではないと思っているんですね。

 

――えぇ。

 

深田:でも、今回登場するほんわかした若者4人の関係性について言うと、当初は若者たちの連帯というか、友情を描くことが、この映画の目的ではなかったんですね。

 

――はい。

 

深田:あくまでラウっていう、いわば自然の象徴のような、全く理由もなく気まぐれに人を殺めたりする自然そのもののような存在と、貧富の差であったり、将来の夢であったり、津波であったり、ものすごく人間的な葛藤を抱えた若者たちの、他愛もない恋愛物語とを対比させたかったんです。そして最後に一気に自然の存在が立ち上がってきて、自然の中に放り出されて終わる……といったようなものにしたいと思っていたので、その対比のために若者たち4人が描かれているんです。

 

――なるほど。

 

深田:ただ、その連帯というものに関しては、皆問題を抱えているんだけど、その問題が脚本上の障壁にならないようにしたいと思っていたんですね。主人公に障がいを与えて、それを乗り越えたからハッピーエンドになるというわけではなくて、それぞれの状況は何ひとつ解決していないんだけど、それとは関係なく、とりあえず今は仲良くもなれるっていう風にはしたかったんです。

 

――はい。

 

深田:もともとはラウとの対比を際立たせるための存在から、4人の関係性がちょっと強くなったのは、俳優の力なんです。彼らは本当に仲が良かったんですよ。もう、まるで青春映画を観ているかのような感じでしたね。そもそも4人で一緒に歌う場面も、当初は無かったので。

 

――そうなんですか?

 

深田:脚本上は、ただ4人がデッキに普通に座って、海を眺めているというシーンだったんですが、思わず「これはもう歌わせたい!」という気分になってしまって(笑)。その結果として、4人の連帯性が、少し強く出るようになったんだと思います。

 

――それを伺って、すごく納得しました!

 

 

いかがでしたか? 深田監督の歯に衣着せぬ物言いと、ディーンさんのファンを「研究者」と評する観察眼、そして日本映画に対する熱い想いが、このインタビューから伝わってきたのではないでしょうか。

 

ぜひ皆さんも「想像する自由」を与えられた『海を駆ける』を、スクリーンで目の当たりにし、観終わった後に感じたことをハッシュタグ「#海を駆けてきた」を付けて、Twitterに投稿されてみてはいかがでしょう?

 

もしかすると、深田監督自らリアクションしてくださるかもしれませんよ。

 

(写真:加藤真大)

 

『海を駆ける』概要

 

『海を駆ける』

 

2018年5月26日(土)全国ロードショー

配給:日活 東京テアトル

 

 

【キャスト】

ディーン・フジオカ 太賀 阿部純子 アディパティ・ドルケン セカール・サリ 鶴田真由

【スタッフ】

監督・脚本・編集:深田晃司

企画制作:日活

 

公式サイト:http://umikake.jp/

 

© 2018 "The Man from the Sea" FILM PARTNERS

 

関連キーワード
映画, 演劇の関連記事
  • 周防正行監督待望の最新作『カツベン!』現場取材レポート!
  • 『ドント・ウォーリー』に宿るポートランド魂 ガス・ヴァン・サント監督来日レポート
  • 14年ぶりの来日!映画『パパは奮闘中!』ロマン・デュリスさんインタビュー
  • 観た人の心が軽くなるような映画を作りたい。『リアム16歳、はじめての学校』 カイル・ライドアウト監督インタビュー
おすすめの記事