今年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品され話題となった『寝ても覚めても』が9月1日(土)より公開されます。柴崎友香さんの同名小説を映画化した本作では、先日『菊とギロチン』でインタビューさせていただいた東出昌大さんが、なんと一人二役に挑戦。自由奔放なワイルド系の麦(ばく)と、誠実なサラリーマンの亮平という、同じ顔で全くタイプの異なる男を巧みに演じ分け、いままで観たことのない新たな魅力を放っています。

 

このたびSWAMP(スワンプ)では、世界が注目する濱口竜介監督に単独インタビューを敢行。「好きな役者の顔を正面から撮る理由」から「映画や音楽は自分を助けてくれない」と一度は絶望しつつも、カンヌまで一気に駆け上がった監督を「支えたもの」まで、じっくりとお話を伺ってきました。

 

自由人の麦(ばく)と誠実派の亮平、どちらがタイプ?

 

――『寝ても覚めても』を試写で拝見した後、配給・宣伝担当の方に呼び止められて、「(東出昌大さんが一人二役で演じられている)自由人の麦(ばく)と誠実派の亮平、どちらが好みのタイプですか?」と聞かれ、すっかり話し込んでしまって。いわゆる女子トークなんですが(笑)。

 

濱口:じゃあ、宣伝の方に聞けばありのままの感想がわかりますね(笑)。

 

――関連して、先日美容室に髪を切りに行ったのですが、担当してくれた美容師さんが、いわゆる「だめんず」好きで。「今は別の人と付き合っているけど、昔好きだった元カレのことが本当は忘れられない」みたいな話をしていたんですね。

 

濱口:なんですと~?(笑)

 

――そこですかさず「『寝ても覚めても』っていう映画があるから、ぜひ観たほうがいいですよ」ってオススメしたら、「どんな映画なんですか?」ってとても興味を持たれて、スマホで即行検索し始めるという(笑)。女子にとっては、かなり気になるテーマなんです。

 

濱口:ありがとうございます! 最高なフリですね(笑)。

 

――「見かけと中身とどっちが大事?」みたいなお話しは昔から割とありますけど、元カレと今カレが同じ顔で、しかもそれが東出さんって、ズル過ぎますよね(笑)。

 

濱口:それならどっちに転んでもいいじゃないかって。

 

――まさに。美容師さんも「それならどっちでもいいですね!」っていう結論でした。でも、私みたいに「麦に魅かれてしまう朝子の気持ちもわかる」という人もいれば、「麦はあり得ない!」という人もきっといますよね。どちらが幸せになれるかは、言わずもがなですが(笑)。

 

濱口:そうですよ。別の取材に来られた「亮平派」の女性は「私は幸せになる自信がある」と言って帰って行きましたから。

 

――なるほど。でも逆に男性側の立場だと、「亮平」はキツイものがありますよね。プライドをずたずたにされるわけで。

 

濱口:不安の中で暮らすことになりますからね。

 

――(亮平を翻弄するヒロインの)朝子はそれでいいのか、と。

 

濱口:朝子は、あんまり気にしないんじゃないかな(笑)。

 

――『寝ても覚めても』は柴崎友香さんの同名小説の映画化ではあるのですが、濱口監督は「観客に共感を得られるか」ということを、どの程度意識されたのでしょうか?

 

濱口:トータルとしては共感とまではいかなくても、「観客の理解を大きく逸脱してはいけない」という風には考えていたと思います。冒頭、いきなり麦と朝子のキスシーンがあるんですが、「んなわけあるかい!」とちゃんとツッコミが入る。観客も感じるであろう疑問はある程度くみ取りながら(物語が)進んでいく。確かに、基本的には共感を得にくい人間像が描かれてはいるのですが、その「共感できなさ」も含めての映画というか。原作自体「どうもみんながみんな共感するものではないらしい」というのは最初からわかっていたので。ちなみに、僕は原作も大好きだし、朝子の行動も清々しいものとして読んでいました。

 

――最近の日本映画は、コミック原作も含めて「原作ありき」の企画が主流になっていますが、これまでオリジナルを撮られてきた濱口監督にとって、いわゆる「原作モノ」の映画化は、どういった意味合いを持つのでしょうか。

 

濱口:もちろん、映画には映画独自の語り方があるので、必ずしも原作を必要とはしないかもしれませんが、「原作があるとものすごくラク」だなという気はします。「原作がない」ということは、物語の世界観そのものを、映画1本で立ち上げなければいけない。原作がある場合は、物語としての世界観は完全に立ち上がった状態から始まるのでラクなんですね。あとは「原作をどの程度尊重するか」という問題になっていく。

 

――原作モノの難しいところは、映像化にあたってあらゆることが限定されることで、演じる人のイメージが違うとか結末が違うとか、弊害が出てくる場合もあると思うんです。

 

濱口:今回は原作者である柴崎さん自身が映画化に関してすごく寛容だったこともあって、脚本のチェックもほとんどなかったんです。

 

――それはもともと濱口監督と柴崎さんがお知り合いで、信頼関係があったから?

 

濱口:それも多少あるかもしれないですね。柴崎さんには過去の作品も観ていただいていたので、かなり任せてもらえたんです。でもそうすると逆に、その中でどこを尊重するのかという問題が出てくる。原作を読んだときからラストの展開については「最高に面白い!」と感じていたので、「これは変えちゃいけないな」とは思っていて。あとは「メイン3人のキャラクターの根本にある精神性みたいなものは変えないようにしよう」と考えていた気がします。あくまでカメラに映ったものを観客が観る……というか、観客にいったい何を想像してもらうのか、ということに関しては原作に寄り掛からずに(映画独自の方法で)考えていかなければいけないな、と思いながら構成していましたね。

 

 

■次ページ:「顔を正面から撮る」ということ

 

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