将棋界に立ちはだかる年齢制限という壁を乗り越え、「35歳にしてプロ編入」という偉業を成し遂げた瀬川晶司五段による自伝的作品を映画化した『泣き虫しょったんの奇跡』が、9月7日(金)より公開されます。監督・脚本を務めているのは、1998年に『ポルノスター』でデビューを果たし、ちょうど今年が監督20周年にあたる豊田利晃監督。記念すべき10作目となる本作では、『青い春』や『ナイン・ソウルズ』などでタッグを組んできた松田龍平さんを主役に迎え、日本映画界を支える超豪華キャストと多数のプロ棋士たちによる夢の競演が実現しました。

 

7月3日(火)に実施された完成披露試写会では、主人公のモデルとなった瀬川晶司さんを始め、豊田監督と主演の松田さんほか出演者が登壇。舞台上にずらりと並んだ姿を目にした時、まさに「映画みたいな話」が「映画になる瞬間」を目の当たりにしたような不思議な感覚が押し寄せました。

 

豊田監督自ら「最高のスタッフと最高のキャストで、気持ちのいい映画になった」と振り返り「沈んでゆく夕陽を永遠に追いかけているみたいなもので、馬鹿みたいな生き方なんですが、僕はそういう生き方をしている人が好きです」とコメントされていたのが、強く印象に残っています。

 

このたびSWAMP(スワンプ)では、自身も9歳から17歳まで将棋のプロ棋士を養成するための「奨励会」に在籍されていた経験を持つ豊田利晃監督に単独インタビューを敢行。担任の先生との思い出から映画に登場する「将棋の駒」に関するとっておきのエピソード、そして幼い頃から「集団」と関わり続けてきた豊田監督流の演出方法まで、じっくりとお話を伺ってきました。

 

「将棋の手つきはね、誰よりも上手いんですよ。瀬川さんよりも上手いと思う」

 

――『泣き虫しょったんの奇跡』を試写で拝見して、ボロ泣きしてしまいました。一度は挫折した人間が、周囲の人たちに助けられて「奇跡」を起こして行く様が、絶妙な間合いで展開されていって。今回お訊きしてみたかったのは、かつては「将棋を憎んでいた」という豊田監督が、将棋のプロを目指すという「夢を追い続けた男」の映画を撮られた理由なんです。阪本順治監督の『王手』の脚本も担当されていた豊田監督が、デビュー20年という節目のタイミングで、満を持して将棋の映画に向き合われたわけですよね。その心境の変化が知りたくて。

 

豊田:『王手』の時はまだ21歳で、将棋を辞めてからまだそれほど経っていない時期だったんです。あの映画はアマチュアが名人を倒すような話で、奨励会のシーンも描かれてはいるものの、「奨励会そのもの」の話ではないんですよね。やっぱり、まだその年齢ではちゃんと向き合えなかった。

 

――なるほど。豊田監督は「好きなことを続けていると、上手くいかなくなったり時々憎しみに変わったりするから、みんな辞めてしまう。でも、その憎しみを愛に変えて成功したのが瀬川さんの人生」と仰っていましたが、原作の小説と初めて出会ったのはいつ頃だったのですか?

 

豊田:いまから7~8年くらい前ですかね。「奨励会」の残酷さとか、相反する憎悪みたいなものもきちんと描かれていて「初めて奨励会をちゃんと捉えた小説を読んだ」という気がしたんです。「奨励会」出身といっても、僕が居たのは関西で瀬川さんは東京という違いがあるし、入ったタイミングは僕の方が早かったんですが、年齢が1つ違いだったこともあって「同じ年代の、同じような人の空気」というのが感じられた。

 

それまでずっと避けてきた将棋と、もう一度向き合えるような気がしたんですよね。昔から「将棋の映画はいつかやるんでしょ?」とか「監督としてやらないといけないでしょ?」みたいなことは言われていたんですが、ようやく「時が来たんだな」という感じはありました。確かに昔は将棋を憎んでいたけど、いまは逆に「もう一度謙虚になって、将棋を学び直そう」みたいな気持ちもあった。

 

――年齢こそ違いますけど、まさに映画の中にも、しょったんが夢破れて一度は将棋の世界から離れて、ただ純粋に将棋を指す楽しみに気付いた、というシーンがありますよね。その心境に近いという感じですか?

 

豊田:うーん、心情的にそういうところが重なったのかもしれないですね。だからこそ、勝って終わる映画にしたかったし。

 

――映画のラストで将棋を指しているのは豊田監督ご自身だそうですが、普段将棋はされないということですか?

 

豊田:将棋はしないです。まったくしないですね。

 

――ではあのシーンのために。

 

豊田:いや、手つきはね、誰よりも上手いんですよ。瀬川さんよりも上手いと思う。

 

――もう、染み付いているものなんですか?

 

豊田:昔から「手つきだけは一人前」って言われたくらいすごく上手いんです。映画のオープニングの将棋盤を並べるところは瀬川さん本人なんですが、最後は僕がバシッと。

 

――エンドロールが終わって。

 

豊田:一発。「玉」なんですけどね。その駒も、奨励会に入る記念に作ってもらった駒なんですよ。

 

――え!? 入会した当時ですか? 監督が9歳の頃の。

 

豊田:もう40年も前の話ですから、大分記憶も薄れていますけど(笑)。でも、その駒だけはずっと離さないで持っていたんです。

 

――へぇ~! それは素敵なエピソードですね。

 

豊田:まぁ、この話は誰も知らないんですけどね。言っていないから。

 

――何だか映画の見方がまた変わりそうです。

 

 

豊田:映画の中で、親友役の野田(洋次郎)君と(松田)龍平が指している駒が、僕の駒なんですよ。

 

――それは思い入れもひとしおですね。まさに「陽の目を見る」という感じで。そもそも、豊田監督はどうして奨励会に入られたんですか?

 

豊田:町場とかそういうところで、自分より強いヤツがいなくなったからじゃないですかね。

 

――倒しまくっていたということですか?

 

豊田:そうですね。

 

――将棋を始めたのは、ご家族の影響ですか?

 

豊田:いや、家族はやらないですね。親戚のお兄ちゃんに将棋を教えてもらって、面白いなと思って。大阪なんで、将棋を指す人たちがまわりに沢山いたんです。まさに映画に出てくるような将棋道場に自転車で通っていました。

 

――タバコの煙がもくもくしているような。

 

豊田:そこが「と金クラブ」っていうんです。映画の中でも「と金クラブにしちゃえ」みたいな。

 

――そうだったんですね! たしか『王手』にも「と金クラブ」が出てきたような……。

 

豊田:よく気づきましたね(笑)。「そこはつながっていてもいいか」って。美術部がその名前がいいから「造形したい」って言い出して。

 

――『王手』にも、それこそ豊田監督作品でお馴染みの國村隼さんが出演されているし、いろんなつながりがあるのかなと。

 

豊田:そうですね。そういう意味で言うと『王手』の時も衣裳は宮本まさ江さんだったと思うんですが、今回も担当して頂いていますし『王手』の録音部のチーフだった柿澤潔さんが今回の録音技師なので、確かにつながっているというのはありますね。

 

――ちなみに豊田監督は「俳優を追い込むタイプだ」というのを以前記事で読んだことがあるのですが、ご自身ではどう思われますか?

 

豊田:そんなことないですよ。追い込んだのは、(『I'M FLASH!』の)藤原竜也ぐらいで(笑)。どちらかと言えば僕は「同じ景色を見ながら一緒に歩いていこうよ」っていうスタイル。「そうじゃない、もっと右だ」とか「もっと左」とかは言いますけど、そんなにしつこくはやらない。竜也の場合は、蜷川幸雄さんに鍛えられた芝居を、いったん全部外したくて。それに時間がかかったというのはあるかもしれない。

 

――そうだったんですね。松田龍平さんは『青い春』以降、『ナイン・ソウルズ』や『I'M FLASH!』を経て、本作で主演を務められていますが、抑えた演技に加えてナレーションも素晴らしくて。私は映画を先に観てから瀬川さんの原作を読んだのですが、さすがに映画化するにあたって少しは盛っているんだろうと思って読んだら、登場人物の名前こそ変えてありますが、ストーリーはほぼ原作に忠実だったので驚きました。SWAMP的には、やはりアスファルトの「沼」に沈んでいくシーンも「うわ、まさに!」と衝撃的で。

 

豊田:あぁ、なるほどね(笑)。実は、瀬川さんって本当は3人兄弟なんですが、映画では2人兄弟に変えさせていただいて。セリフもいろいろシェイクしているんですけどね。

 

 

――松たか子さんが担任の鹿島澤先生役で出演されていますが、あまりに『告白』のイメージが強烈だったこともあって、「この先生、どこかでとんでもないことを仕出かすんじゃないか」って用心しながら観ていたら、本当に素晴らしい先生でホッとしました。「人が悲しいときに寄り添ってあげることも大切だけど、人が喜んでいる時に一緒に喜んであげられる人になってほしいな」というセリフが、あとからどんどん響いてくる。「ドラえもん」の絵柄が入ったハガキにも心を打たれました。

 

豊田:実はあのハガキ、実際に瀬川さん宛に届いたものを、そのまま再現したものなんです。

 

――そうなんですね。しょったんに贈られた言葉はもちろん、ひらがなで先生の名前が書かれていたことにグッときて。私もああいう先生と出会えていたら、もう少し違う生き方が出来たかも。

 

豊田:でもなんとなく、小学校の先生のイメージって、僕もああいう感じですけどね。

 

――豊田監督の担任の先生も、女性だったんですか?

 

豊田:はい。多分実際にはあんなに綺麗な先生ではなかったと思うんですけど(笑)。僕の中ではすごく綺麗でした。よくデパートで「将棋まつり」という催事が行われていたんですが、中学生の時に僕が「大盤解説」のところで手伝いをしていたら、偶然小学校の担任の先生が会場に観に来ていたんです。それで「え!? 豊田くんじゃん!」みたいなことになって。先生にミックスジュースをおごってもらったのを、今でもよく覚えています(笑)。

 

――なんていい話! まさに映画みたいなエピソードですね。

 

豊田:やっぱり僕らの世代って、共通するようなことがあるんですよね。

 

 

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