劇作家・小説家の本谷有希子さんによる同名小説を、主演・趣里さん、共演に菅田将暉さんを迎えて映画化した『生きてるだけで、愛。』が、まもなく劇場公開されます。メガホンをとったのは、CMMVディレクターとして世界を舞台に活躍し、ドキュメンタリー映画『太陽の塔』も記憶に新しい俊英・関根光才監督。『生きてるだけで、愛。』が長編監督デビュー作となり、本作では脚本も担当しています。

 

このたびSWAMP(スワンプ)では、長年にわたってフィルムの質感にこだわり続け、デジタル全盛の時代にあえて16mmフィルムで撮影した関根監督にインタビューを実施。「団地に憧れていた」という幼少時代のエピソードから、映画が作りたいのにあえてCMの世界に飛び込んだ理由、そして「クリエイティブを通じて伝えていきたいこと」に至るまで、関根監督の素顔に迫りました。

 

アーティスト一家で育った関根監督の映像戦略

 

——新人監督でドキュメンタリーと長編映画が同年に公開されるのは、快挙ですね。

 

関根:狙ったわけではないのですが、たまたまタイミングが重なって。

 

——とはいえ略歴を拝見すると、これまでも短編映画をはじめ数々のCM作品やミュージックビデオを手掛けられ、カンヌ国際広告祭での受賞経験もお持ちでいらっしゃる。当時大人気企画だった新宿ミラノ座のオールナイトイベント「世界のCMフェスティバル」で、関根監督の作ったTOYOTACMを拝見していたことを思い出しました。

 

関根:そうなんです。主催者のジャンクリスチャン・ブーヴィエさんに気に入られて、過去に何度も出品させてもらいました。

 

——関根監督のご両親はアーティストだそうですが、どのような家庭環境で育ったんですか?

 

関根:父親は割と若くして成功したファインアーティストだったんです。母親も元々は絵描きで、姉も美大に通っていました。1960年~70年代にかけて活躍していたアーティストって、結構めちゃくちゃな人が多かったんですよ。

 

——確かに、今より破天荒なイメージはありますね。

 

関根:両親の周りにも、メチャクチャな生き方をしていたり、居なくなってしまうような人たちが沢山いたんです。僕はそんな大人を見て育ったので、「アーティストって、何て無責任なんだろう」と感じていて、いろんなことに全然納得がいっていませんでした。その反動もあって、中高生くらいの時は「普通になりたい」という欲求が強くて、団地暮らしをしている人たちにすごく憧れたりもしましたね。ちゃんと毎月決まったお金を稼いできてくれる友だちのお父さんは「えらいなぁ」って(笑)。

 

 

——なるほど。周囲の大人たちを反面教師的に捉えていたんですね。

 

関根:自分の中にある「何かを表現したい」という欲求と「普通でありたい」という気持ちが入り混じって、よくわからなくなっていた時期もありました。

 

——幼少時代から、アートに触れる機会は普通の人より多かったですよね?

 

関根:それはもちろんそうですね。でも、映画を集中的に観始めたのは高校生くらいからです。その頃から「いつか自分でも映画を作ってみたい」と思うようになりました。1990年代に流行っていたアート系の映画って、今より表現がもっと大胆だった気がするんですよね。当時僕は今どきの言葉で言うと、おそらく「こじらせて」いたので「美大には行きたくない」という思いがあって、上智大学の哲学科に進むことにしたんです。

 

でも思った以上に哲学科の授業は座学ばかりでつまらなかった。そこで、アメリカのウィスコンシン州にあるミルウォーキーという田舎町の学校に留学して、写真や映画学を学んでいく中で、フィルム撮影の面白さに魅了されていったんです。

 

——へぇ~! そうだったんですね。

 

関根:元々ストーリーテリングに対する興味もあったので、フィルムと物語が結びついた「映像」をもっと勉強してみたいと思うようになり、まずはコマーシャルフィルムの世界に進むことにしたんです。

 

——いきなり映画の世界に入らずに、CM制作の道を選んだ理由とは?

 

関根:僕自身、CM自体にはそれほど興味がなかったんですよ。でも、とにかく「フィルムで撮ってみたい」という思いがあって、予算が付きやすいCMの世界なら「フィルムで撮れるし、海外ロケのチャンスも多いだろう」と考えて。

 

——それはとても賢い選択ですね。

 

関根:スキルを身につけないと、自分のやりたい表現ができないと思ったからです。不遜な言い方をすると、そもそもの目標設定が高すぎたからかもしれませんが、ただ単に映画を作れればいい、というわけではなくて、目指している方向性が自分の中に明確にありました。でもだからこそ、そこに到達するためはどうしたらいいかを必死で考えて、まずはCMを通じて映像制作の基礎から学びたいという気持ちが芽生えたんです。

 

——場数をこなすうちに、徐々にスキルアップしていけるものなんですか?

 

関根:CM制作って、プロジェクトごとに毎回やることが違うので、前回の経験が全く役に立たないケースも沢山あるんです。「ここをこうやれば、こういう映像になる」ということがあらゆる角度から学べるので、自分にとって一番響く表現がどういうものなのか、だんだん経験値でわかってくるんです。とはいえ、実践で学べるのはビジュアリゼーションが主なので、ストーリーテリングの部分については、また別になりますが。

 

——映像的なセンスや音楽の使い方などは、何から影響を受けていますか?

 

関根:ちょうど僕がCM制作の仕事を始めた時期は、ミシェル・ゴンドリーとかスパイク・ジョーンズの全盛期で、彼らの手掛けた広告作品やビデオクリップを観てめちゃくちゃ影響を受けました。日本の広告と比べるとはるかにメッセージ性が強くて、より過激な表現や政治的なメッセージが込められていることに驚かされて。広告も文化に成り得る可能性があるのだということを、すごく実感しましたね。

 

——とはいえ、実際に自分の思い描いていた映像が作れるようになるまでに、どのようなことを試みたんですか?

 

関根:相当、シミュレーションをしたからだと思うんですよ。一時期、なぜ日本映画はルック(映像的な印象)があまりよくなくて、ある一定以上クオリティが伸びないのかと疑問に思って、その理由を考えてみたんです。ソフィア・コッポラの『ロスト・イン・トランスレーション』を例にとると、同じ新宿の街でも日本人が撮るより全然面白く撮れている。そこには何か根本的に全然違うメソッドがあるんじゃないかと思って、それを学ぶために海外の仕事を優先的にやったりもしました。

 

 

■次ページ:「特殊な人たち」の話をしているようで、実はすごく普遍的な人間の話をしているとも言えるんです

 

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