「この人生最大の困難を誰よりも僕が楽しんでやることが、若松孝二監督としてそこに居ることなんじゃないか」

 

――実際に若松監督を演じる上で、どのように役作りをされたんですか?

 

井浦:いまの僕の器では、あんな野性のクマのような方を演じることは出来ないし、クランクインまで半年ちょっとある中で、とにかくやれることは全部やろうと思いながら取り組んでいきました。役作りっていうわけではないんですけれど、そもそも若松監督って骨が太いんです。

 

――骨、ですか?

 

井浦:そう。決して太っている人ではないんです。手とかも、僕の手をこうやって2つ合わせたくらいの大きさがあって、パーツが分厚いんですよ。もちろん骨までは替えられないけど、変えられるところがあるとしたらどんどん変えていきたいから、当たり前の作業として体重は無制限で増やしました。「なんだったら行き過ぎちゃってもいいや」くらいの感じでやらないといけないと思ったんです。

 

――なるほど!

 

井浦:あと台本を読んだ時に感じたのは、若松監督が若い頃から吐いてきた言葉というのは、若松監督が僕らに伝えてきた言葉の中に、全部散りばめられていたということなんです。1960年代当時から若松監督の生き方というのはブレていなくて、言っていることが本当に変わらない。だから、台本を覚えるのは当たり前の作業ですけれど、僕が人生のバイブルとして定期的に読み返している若松監督の著書『若松孝二・俺は手を汚す』を、オファーをいただいた日に本棚から出して、それをとにかくずっと肌身離さず持ち歩いていました。何かあれば読むというか「もうこの本まるまる全部頭に入れていっちゃおう」というくらいの勢いで臨みました。

 

クランクインの初日を迎えるまで安心はしていないですけれど、何を大事にやっていこうかと考えたときに、とにかく僕が一番メチャクチャやって、本物の若松監督みたいに自分のやりたいようにやって、どんどんぶっ壊していこうというくらいの心構えでやりました。この人生最大の困難を誰よりも僕が楽しんでやることが、若松孝二監督としてそこに居ることなんじゃないかと思ったんです。だから芝居のアプローチみたいなことで言うと、正直ほとんどプランが無くて、僕自身も初日に白石監督が「よーい、スタート!」って言うまで、どんな若松孝二監督が出てくるのか本当にわからなかったんです。台本を読んでいる時も、実際に映画の中でやっているようなしゃべり方では読んでいないですから。

 

――それは読み合わせの時ということですか?

 

井浦:いや、自分で台本に目を通している時ですね。そもそも若松プロには、読み合わせがないですから(笑)。でもその時点で『若松孝二・俺は手を汚す』が既に頭にまるまる入っているから、若松監督の言葉や魂が僕の中に居たんです。結局は僕の中に居る若松監督しか出てこないわけです。僕の知らない監督を無理して集めないで、自分の中に居る若松監督を外に出していく作業によって、あの声やしゃべり方が素直に出てきたんです。

 

若松監督としての僕のファーストカットが、ベッカー高原に行って重信さんの写真を撮るというシーンだったんです。もともと台本にはセリフがなくて「若松監督が夕陽の中で重信房子の写真を撮る」みたいな素敵なト書きだけが書かれていた。だから現場に行ってカメラを持って写真を撮ろうかなと思っていたら、白石さんが突然「新さん、ちょっと『重信、こっち向け』って言ってみて下さい。後ろに足立さんが居るから『おい、あっちゃん、ちょっとどいて! 映ってる、どけ!』って言って下さい」って、本番前にポーンといきなり投げてきて。だからその時に僕からとっさに出てきた若松監督があれだった、というわけです(笑)。

 

――本当に予期していないところで生まれたものだったのですね。いまの井浦さんのお話を伺って、先日の座談会の話題に合点が行きました。最終的にクランクイン前に井浦さんが10キロくらい太られたという話を白石監督もされていて。でもプロデューサーの大日方さんは、井浦さんが役作りをされていることを知らなかったから「なんか最近ちょっと緩んでるな~」くらいな感じで思っていたらしくて(笑)。

 

井浦:え!?  その記事、どこで読めるんですか? こっちは死ぬ思いでやってるんですよ(笑)。皆して言いたいこと言って(笑)。

 

※記事中で話題の発言は、こちらのスタッフ座談会前編2ページ目に掲載。

 

――あはは(笑)。よろしければ、ぜひ座談会の記事をじっくり読んでみて下さい! でも、そこまで身体を大きくされるとなると、別の作品にも影響しませんでしたか?

 

井浦:撮影の流れがちょうどよかったんですね。『止め俺』の前は『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』という作品の撮影に入っていたんですが、僕が演じた千葉一夫さんという役は昭和の豪傑なので、僕の器では演じられないからデカくしていかないといけなかったんです。そして、そのあとに若松監督が控えていた。もはやノーリミットですね。正直、身体をデカくすることをどこか楽しみ始めてしまっている自分もいたくらいで。「どこまでもやってやろう!」という気持ちでした。

 

 

■次ページ:「最大の愛情をこめて、最低で最高なギャグをやってやろう」

 

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