
ロボオと牛山の撮影秘話
——これだけ思い入れが強い作品の場合、現場でそれぞれのキャラクターが可視化される瞬間、どのような感情が湧き上がるものなんですか?
山下:う〜ん。意外と「楽しむ」っていう感じでもないんですよね。やっぱり「思い」だけじゃできないんだな、というところもありました。今回の撮影で一番苦労したのは、やはりなんと言ってもロボオなんです。連載当時とは人工知能に対する世の中の見方も変わっているから、実写化するにあたって新たにセリフを足したりもしましたし。
——というと?
山下:改めて原作を読み直して「牛山、セリフねぇな……」って。
——ははは(笑)。
山下:それこそ「荒川さんに牛山役を断られたらどうしよう?」という不安もありました。普段なら遊びの要素もちょっと残すんですが、今回はいつになく真剣に「限られた予算の中で、どうやったら原作の良さを伝えられるのか」と必死で考え抜きましたね。
——荒川さんが牛山役を演じるにあたって、一番苦労された点は?
荒川:しゃべれないですからねぇ。たとえば誰かに何かを貸して欲しい時も、「貸して!」って顔だけで表現しないといけないんです。「あぁ……欲しいなぁ」って(と言いながら、無言でこちらに訴えかける実演をしてくださる荒川さん)。
——うわぁ、メッチャ伝わってきました! ジェスチャーというより「念を飛ばす」みたいな感覚ですね。台本のト書きにもそのように書いてあったりするんですか?
山下:そうですね。原作の絵があるから、かなりイメージしやすいとは思いますけど。
荒川:台本に書いてあるといっても「牛山、チラシをジッと見つめる」とかですけどね(笑)。
——さすがにここまでセリフが少ない役柄は初めてですか?
荒川:そうですね。
——今回はどのような役作りをされたんですか?
荒川:牛山はロボオの世話係という役割だったので、現場でも実際にずっとロボオのケアをしていました。(ロボオ役の石井)モタコは忍耐強くて何も言わないんですが、真夏にウェットスーツを着て演じるという過酷な撮影で、カットの声がかかっても自分では脱ぐことも出来ないんです。
山下:ウェットスーツの上からさらにロボオの着ぐるみを装着するから、撮影が終わってロボオの足をひっくり返したら「ビシャビシャ」って音が出てくるくらい汗をかいていて。
——本当につきっきりで面倒を見てあげないと、大変なことになりかねない状況だったんですね。
荒川:「本当にしんどかったら言ってね」って励ましながら、世話をしてましたね。
山下:専属のスタッフもいたんですが、ロボオの頭を誰よりも早く外してくれたのは荒川さんでしたね。メイキングにしっかり映っていると思います(笑)。
——荒川さんのロボット愛は相当深いですよね。古厩智之監督作品『ロボコン』では、ロボット部の部長を務められていましたし。
荒川:あぁ〜そうでしたね。でも、たまたまですよ……。
——だからこそロボオに対する愛着も人一倍強いと感じました。
荒川:ストーリー上、牛山は山田君演じる右近に面倒を見てもらう立場なんですけれど、ロボオが出てくることによって、初めて牛山の中に母性のような感情が芽生えるんです。
山下:ははは(笑)。
荒川:現場の状況も相まって「俺がロボオのために何とかしなきゃ!」って心の底から思うようになる。
——なるほど! 急に自立心が芽生えて、牛山がお母さんのようにロボオを育てるわけですね。
山下:それこそ、不憫の連鎖ですよ(笑)。
——ちなみに、ロボオは実はすごく優秀なロボットという設定ですが……。
荒川:頑張っているけど、ひとりじゃ何も出来ません。足元が見えないから立ち上がれないし、もちろん階段も降りられない。
山下:子役がいると現場が和むと言われるんですが、今回もまさにそんな感じでしたよ。ロボオをケアするために皆が心ひとつになれるというか。
荒川:扇風機で風を当てたり、うちわで扇いだり……。モタコも「こんなに至れり尽くせりケアしてもらって。撮影が終わったあと、俺ひとりで生きていけるかな」と(関西弁で)つぶやいてました。
——超大物俳優並みの待遇だったわけですね。
荒川:そうそう。「誰も構ってくれなくなったらどうしよう」って。
——撮影現場の雰囲気はどんな感じだったんですか?
荒川:「とにかく右近やロボオとずっと一緒に居る」という一言に尽きますね。アパートの部屋の撮影シーンなんて待機場所すらなくて「外の廊下でちょっと待つ」という感じでしたから。
山下:「狭くて暑い」という場面が多い過酷な現場でした。廃墟のシーンでようやく広い場所に出られたと思ったら、今度はめちゃくちゃ空気が悪かった。
——なにより現場が「ハード・コア」だったわけですね(笑)。
荒川:主に夜中に栃木で撮影していたんですが、空が明るくなってきた頃にロケバスで東京に帰って、風呂に入って仮眠してからまた集合、みたいな感じで……。
山下:スタッフは本当にきつかったと思いますね。
——まさに埋蔵金を掘りに行っているみたいですね。
荒川:これで台風とか来てたら、『ロスト・イン・ラ・マンチャ』みたいでしたね。
山下:そこは上手く避けてくれて、なんとか撮りきれちゃったんですよ。
——無事に映画が完成してよかったです。
山下:体力的にも、そろそろ無茶はできないなと思うんですが、スタッフも原作を愛していたので、どんなにスケジュールがきつくても「このシーンはカットしましょう」っていう言葉が現場から出なかったんですよね。とはいえ、俺に見えないところではきっといろいろ揉めていたと思うんですが(笑)。
——荒川さんは、ご自身が出演した作品をほとんどご覧にならないそうですが、『ハード・コア』はどうでした?
荒川:僕、自分の芝居を見返すのが嫌いなんですよ。監督が既にOKを出しているのに、役者がモニターをチェックして「監督、ちょっと今の芝居納得いかないから、もう1回やらせてください」みたいな光景をよく見かけますが、僕はやりたくないんです。『ハード・コア』は試写で見たんですが、その時はまだ客観的に見れられなくて、「あぁ、あのリアクションはもうちょっと抑えればよかったかな」とか反省しきりでしたね。
——山下監督から見た牛山はいかがでしたか?
山下:そりゃ、完璧ですよ。キャスト全員素晴らしかった!
荒川:お! 日本アカデミー賞、狙えますかね。
山下:総なめして欲しいですね。
荒川:式典会場の丸テーブルを、ロボオと一緒に囲めるといいなぁ(笑)。
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