「世紀のディーヴァ」(歌姫)として今なお絶大な人気を誇るオペラ歌手、マリア・カラス。そんな彼女の秘蔵映像や未完の自叙伝、そしてこれまで封印されてきたプライベートな手紙やフィルムなど、その多くが初公開となる素材とともに編まれたドキュメンタリー映画『私は、マリア・カラス』が、12月21日(金)より劇場公開されます。

 

このたびSWAMP(スワンプ)では、公開に先駆け来日されたトム・ヴォルフ監督にインタビューを敢行。謎めいた人生をカラス自身の言葉で紐解いていくという手法を試みた理由から、今まで誰も知り得なかった素材にたどり着けた秘訣まで、たっぷりとお話を伺いました。

 

「私はすごく正直で、誠実であることに一番重きを置いている」

 

——お会いできて光栄です。監督ご自身も、まさにこの映画の世界観そのものといったような雰囲気を醸し出されていますが、オペラを嗜まれているのでしょうか?

 

トム・ヴォルフ監督(以下、監督):いいえ、私はオペラは歌いません(笑)。きっと、マリア・カラスにインスパイアされているからじゃないかな。実は今日も、彼女のお気に入りのカラーを身に着けているんです。

 

——なるほど「情熱の赤」は、まさに彼女を象徴しているカラーと言えますね。ドキュメンタリーの手法にもいろいろあると思うのですが、『私は、マリア・カラス』において監督は、マリア・カラスさんご本人の言葉を中心に紡いでいくという手法を選択されていますよね。

 

監督:実は私も、当初は彼女の友人たちのインタビューとアーカイブ映像で作品を構成しようと思っていたんです。ですが、マリア・カラスに一番近い人物を中心に取材を開始して2年くらい経過した際「これは100%彼女自身の言葉だけで作ったほうが、もっともっとパワフルになるぞ」と感じて、取材を再びやり直すことにしたんです。

 

この映画は、マリア・カラスに関する40時間以上の映像と400通以上もの手紙、そして数えきれない程のレコーディング素材から構成されています。それぞれがパズルのピースとなるように集めていく過程こそが「旅路」であり、さらにそれらを1つの作品として編み上げることも「旅路」であったといえるのです。しかも、彼女自身がナレーターとなって自ら紡いだ物語に仕上がっているので、それらをすべて観終わった時に、やっとこの複雑なマリア・カラスという人物がどんな女性でありアーティストであったのかが、多面的に理解できるような作りになっているのではないかと思っています。

 

——その中で監督がもっとも彼女の心情を掴めたと感じた記録とは、具体的にどのようなものだったのでしょうか。

 

 

監督:映画の冒頭、1970年12月にニューヨークで収録された人気TV番組の映像が流れますよね。その番組の司会者であるデビッド・フロスト氏によるインタビューこそが、『私は、マリア・カラス』において、全てをつなぐ1本の糸になっているんです。

 

そのインタビューには、マリアとしての彼女が一番色濃く出ていると私は感じています。(『私は、マリア・カラス』の原題)『Maria by Callas』というタイトルも、フロスト氏のインタビュー中に登場する「私の中にはマリアとカラスが2人いる」という、彼女の発言が元になっているんです。数々のアーカイブを挟み込みつつも、このインタビュー映像に必ず戻るような作りにすることで、彼女自身が抱えていた二重性を追求していきたいと考えたんです。

 

マリア・カラスには脆さと同時にとても強いところがあり、ユニークな才能にあふれています。内なる葛藤をすべて音楽にぶつけていた彼女は、あらゆる感情をすべて歌に注ぎ込んでいたとも言えるのです。彼女は1人の少女であり大人の女性であり、アーティストでありアイコンであり、公人でもあったのです。

 

——とはいえ、主に自伝に綴られている事柄については、客観的な事実というより「見せたい自分」である可能性が高いのではないかと感じています。一般的には「必ずしも本人が語ることが真実とは限らない」といった側面について、監督はどのような見解で臨まれたのでしょうか。

 

監督:確かに、一般的な自伝の中には必ずしも真実とは異なる「自分が思う自分のアイデアやイメージ」を前面に打ち出しているものがあると思います。ですが、マリア・カラスに限っては、そうではないと私は思っています。というのも、私はこの映画を完成させるために5年もの歳月をかけてリサーチを行いました。そしていろいろなマテリアルを集めた結果、「マリア・カラスの発言はいつも一貫している」ということに気付いたんです。

 

数年間にわたるインタビューと手紙に書かれた内容も全て一貫しているし、録音されていたプライベートな会話ですら、最初から最後までいつも同じことを語っているんです。自伝に比べて「手紙」はあくまでプライベートなものであるといえますよね。というのも、書かれた時点では、まさか後々その手紙が不特多数の人に読まれるとは思ってもいないからです。

 

つまりそれは「彼女が自分のイメージを自分で作り上げているわけではない」ということの客観的な証明になるはずです。映画の中でも彼女は「私はすごく正直で、誠実であることに一番重きを置いている」と発言していて、確かにそうであると私も思います。

 

もちろん、そのために彼女はものすごく高い代償を払わなければいけなかったわけですが、彼女の人生を通して「正直さや誠実さ」というものは、常に欠かすことができなかったはずであり、だからこそ全ての発言においてその意志は貫かれていたと思っています。マリア・カラスが語っていることは、彼女にとっての「事実」であるだけでなく、いわゆる「真実」であると言えるのではないかと私は考えています。

 

——なるほど!

 

■次ページ:「あくまでマリア・カラス自身が望んでいたと思われる形で、彼女の真実を世の中に知らしめたい」

 

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