香港返還を目前に控えた1990年代後半の中国を舞台に、殺人事件の捜査に取り憑かれた男が直面する過酷な現実と運命をダイナミックに描いた、ドン・ユエ監督デビュー作『迫り来る嵐』が、2019年1月5日(土)より劇場公開されます。

 

このたびSWAMP(スワンプ)では、ワールドプレミア上映された2017年の第30回東京国際映画祭(以下、TIFF)で、見事「最優秀男優賞」と「芸術貢献賞」をダブル受賞するという快挙を果たしたドン・ユエ監督に、インタビューを敢行。映画監督らしからぬ(?)スタイリッシュなスーツ姿で登場した理由から、ご自身に影響を与えた本や映画の数々、そして本作の中国公開時に寄せられた予想外の反響に至るまで、ユーモアたっぷりにお話ししてくださいました。

 

スーツ着用の理由と長編監督デビュー作を手がけるまで

 

——TIFFの受賞式ではタキシードをお召しになられていましたが、本日も「三つぞろえ」のスーツをビシッと着こなされていて、エグゼクティブクラスのビジネスマンのようで素敵ですね。中国では映画監督もスーツを着ることが多いんですか?

 

ドン・ユエ監督(以下、ユエ監督):TIFFでは、映画祭事務局サイドから「正装してください」と言われていました。今回は日本で取材を受けるにあたって、事前に映画で予習してきたんです。日本のビジネスマンは、皆さんちゃんとスーツを着てネクタイを締めていますよね。だから私も「郷に入っては郷に従え」だと思って、スーツを持参したんです。もちろん、普段仕事をするときはもっとラフな格好をしていますよ(笑)。

 

——「ひょっとしたら監督は撮影中もスーツスタイルなのかも……!?」と一瞬思ってしまいました(笑)。ちなみに監督がご覧になった映画のタイトルは?

 

ユエ監督:是枝裕和監督の『三度目の殺人』です。

 

——なるほど! 福山雅治さんを意識されているわけですね。福山さんは弁護士役なのでスーツを着用されていますが、日本ではネクタイを締めている映画監督にはなかなか出会えません(笑)。なので、とても新鮮です。

 

ユエ監督:では今度来日するときには、皆さんの服装に合わせますね(笑)。

 

——次回お会いするとき、どんなファッションなのか楽しみです(笑)。それにしても『迫り来る嵐』は非常に重厚感あふれるスリリングな作品ですね。デビュー作でハイクオリティな映画が撮れてしまう監督の手腕に驚かされました。映画に限らず本でも写真でも何でもいいのですが、監督ご自身に大きな影響を与えた作品はありますか? どのようなバックグラウンドから『迫り来る嵐』のような作品が生まれたのか知りたいんです。

 

ユエ監督:普段からよく本を読んでいるんです。特に好きなのが心理学の分野ですね。フロイトとかユングとか、その辺りの著作に影響を受けているかもしれません。フランスのジャック・ラカンの影響もすごく大きかったですね。あと、母が映画好きだったので、小さい頃はよく映画館に連れて行ってもらいました。ですが、ちょうど私が中学生くらいの時期から、映画館で質の高い映画がなかなか上映されなくなってしまったんです。当時はちょうどVHSが出始めた時期で、母にわがままを言ってビデオデッキを買ってもらい、レンタルビデオ店で古今東西のあらゆる作品を借りてきては、夢中で観ていました。

 

——どんな映画をご覧になっていたんですか?

 

ユエ監督:もちろん時には古典的な名画も観ましたが、むしろ私が好んで観ていたのは、いわゆる「B級映画」と呼ばれるものや、子どもにはそぐわない「血なまぐさい映画」ばかりでした。とにかく何でもかんでも吸収したかったんです。そういった意味では、すでにその時点で周りの友だちとは「映画の守備範囲がまったく違っていた」と言えるでしょうね。

 

——その当時から「いつか映画監督になりたい」と考えていらしたのでしょうか。

 

ユエ監督:割と幼い頃からそういった気持ちはあったのですが、高校入学と同時に「自分には映画監督という職業はあまりに遠すぎる」と悟って、それ以降「映画監督になりたい」とは考えなくなりました。学校を卒業したあとに脚本らしきものを試しに書いてみたことがあるのですが、満足いくものは書けませんでした。もちろん誰かに発注されたわけでもないですし、映像化もされていませんが(笑)。

 

——ユエ監督はもともと撮影監督出身だそうですが、長らく助監督あるいは撮影監督を経験される中で「撮影だけじゃなく演出もしたい」と感じるようになったのでしょうか。それとも初めから監督志望だったのですか?

 

ユエ監督:2006年に北京電影学院を卒業後、2010年までメインカメラマンを担当していたのですが、自分にとってその期間は正直苦痛でしかありませんでした。というのも、カメラマンはあくまで監督の指示に沿って動かなければならないからです。私は「映画表現を通じて観客にさまざまな思いを伝えたい」という欲望が極端に強い人間なんです。なので「このままカメラマンとして仕事をするだけでは、絶対に無理だ」と限界を感じて、映画監督を目指すことにしました。

 

——なるほど、そういった経緯があったのですね。

 

ユエ監督:はい。それで一念発起してカメラマンの仕事を辞めたわけですが、いくら自分で「監督になろう!」と思っても、すぐに誰かがお金を出して映画を撮らせてくれるわけではありません。ちょうどその頃、知り合いにCM制作の仕事を紹介してもらってしばらく食いつないでいたのですが、やはりそれも安定した仕事量といえるものではなく「仕事があったりなかったり……」という不安定な状態で、いま振り返っても非常に苦しい時期でした。

 

——ちなみに、ユエ監督が「撮影監督だけでは物足りない」と感じた一番の理由とは?

 

ユエ監督:どの映画も、キャラクターの掘り下げ方が十分ではないと感じていたからです。現実社会に生きる人間はもっと多面的で複雑な思考回路をしていて、誰しも表と裏が必ずあるはずなのに、そういった深みが全く感じられなかったんです。どの登場人物も非常にシンプルで、簡素化されたキャラクターにしか見えなかった。そこが一番不満でした。

 

 

■次ページ:「そのまま日本人に置き換えただけではリメイクできない、中国だけでしか通用しないキャラクターにしたいと思ったんです」

 

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