「そのまま日本人に置き換えただけではリメイクできない、中国だけでしか通用しないキャラクターにしたいと思ったんです」

 

——『迫り来る嵐』の主人公・ユィは、ある意味「時代に翻弄された人」と言えますよね。彼自身、刑事気取りでどこかうぬぼれているところもあるし、その一方「自分のせいで周りの人を不幸に巻き込んでしまった」という罪悪感から、引くに引けなくなって「なんとしてでも真実にたどりつきたい」という思いもあったはず。そういった彼のキャラクター造形にも、かつて心理学関係の本から得た知識が影響していますか?

 

 

ユエ監督:彼自身に与えたもっとも大きな影響は、中国社会そのものでしょう。私自身、中国で生まれ育っているので、そういったものを描くことに一番興味があるんです。ユィというキャラクターを作るときに私が真っ先に考えていたのは、「世界中にあふれるどんな探偵モノや刑事モノともまったく違う映画にしたかった」ということ。もしこの映画の日本版を作ろうとしても、ユィをそのまま日本人に置き換えただけではリメイクできない、中国だけでしか通用しないキャラクターにしたいと思ったんです。

 

——ユィが模範行員に選ばれて表彰を受けるシーンにも非常に複雑な背景が感じられて、映画を観終わったあとにゾッとしました。

 

 

ユエ監督:彼の受けた表彰は、当時の中国人なら誰しもが欲しがるものだったんです。日本の方にとってはあまり大きな意味は感じられないかもしれませんが、あの当時の中国人にとっては、賞をもらって仲間から祝福されることは、ものすごく名誉なことだったんです。中国には明らかな権威主義があって、身分の違いというものが大きいんですよ。そういった観点から見ると、ユィは微妙な地位にいるんです。彼は「国営製鋼所の保安部の警備課長」という立場ではあるのですが、そういった肩書は会社の中でしか通用しないもの。でも、彼の中には「もっと大きな権威を手に入れたい」という欲望があったんです。

 

——「香港返還が迫る1990年代後半の中国」を舞台にした本作が、TIFFを始めとする海外の国際映画祭でも非常に高い評価を受けていることについて、監督ご自身ではどのように感じていらっしゃいますか?

 

ユエ監督:あくまで中国人向けに撮った映画なので、当初は海外で上映することになるなんて考えもしませんでした。とはいえ、いまとなっては海外の観客の方がこの作品をしっかり理解してくれていると感じています。中国の観客は軽めのコメディー映画を好む傾向が強く、観終わったあとに考え込むタイプの『迫り来る嵐』のような作品は「中国人にはあまりウケない」ということがよくわかりました(笑)。

 

——いやいや、そんなことはないでしょう(笑)。

 

 

ユエ監督:実は中国でこの映画が公開された際に「彼女と一緒に映画館に観に行った」という男性から、私のブログに書き込みがあったんです。何やら映画が終わった途端に、彼女が怒りだしてしまったらしく……。

 

——それは何故ですか?

 

ユエ監督:彼いわく「私たちは普段から十分苦しい思いをしているのに、なんでわざわざ映画館に来てまでこんな辛い映画を観ないといけないの?」「もう別れましょう」と言われてしまったそうなんです。

 

——えぇ〜!? それは衝撃の展開ですね。

 

ユエ監督:中国の一般的な観客には重たい作品を観る習慣はなくて、映画館へ「リラックスするため」に行っているんですよ。でも一部の映画ファンや考察するのが好きなタイプの人たちは「『迫り来る嵐』みたいな映画も結構いいね」と言ってくれるんですけどね(笑)。

 


 

日々生きづらさを感じる世の中で「せめて映画館にいるときくらいは、辛いことから目をそむけたい」と考える人が多いのは、きっとここ日本でもあてはまることだと思います。でも、時には苦いものや酸っぱいものも口にしてこそ、本来の料理の味が楽しめるというもの。『迫り来る嵐』は決して明るい作品ではありませんが、サスペンス映画としても人間ドラマとしても一級品。ここはあえてデートムービーに選んで、ユエ監督に日本の反響を伝えてみては?

 

取材・文:渡邊玲子

写真:加藤真大

『迫り来る嵐』概要

 

『迫り来る嵐』

2019年1月5日(土)、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか 全国順次公開

 

監督/脚本:ドン・ユエ(董越)
出演:ドアン・イーホン(段奕宏)「ミッション:アンダーカバー」
ジャン・イーイェン(江一燕)「レイン・オブ・アサシン」
トゥ・ユアン(杜源)「草ぶきの学校」
チェン・ウェイ(鄭偉)
チェン・チュウイー(鄭楚一)
中国/2017 年/カラー/中国語/119 分/シネスコ/5.1ch
配給:アット エンタテインメント 映倫:G

 

 

公式サイト:http://semarikuru.com/

 

 

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