『死ぬまでにしたい10のこと』のイザベル・コイシェ監督が、英国ブッカー賞受賞作家であるペネロピ・フィッツジェラルド氏の『The Bookshop』を映画化した『マイ・ブックショップ』。1950年代後半の保守的な空気が漂うイギリス東部の小さな港町に念願だった書店をオープンさせた若き未亡人・フローレンスの孤軍奮闘ぶりを、美しい旋律とともに綴った物語です。

 

このたびSWAMP(スワンプ)では、公開に先立ち来日したコイシェ監督にインタビューを実施。映画制作におけるインスピレーションの源から、コイシェ監督が日本に惹かれる理由、そして「本を介して交わされる愛」の官能性について伺いました。

 

違う世界のもの同士がぶつかる時、何か新しいものが生まれるんじゃないかと思うのよね

 

――私は『死ぬまでにしたい10のこと』のサウンドトラックが大好きなんです。曲を聴くたびに映画のシーンがよみがえるのですが、コイシェ監督にとって音楽はどんな存在であると言えますか?

 

イザベル・コイシェ監督(以下、監督):あのサントラ、いいでしょう(笑)。私もすごく気に入っているのよ。私が何かをクリエーションするうえで、音楽はなくてはならない特別な存在なの。今回も脚本を書きながら50年代のナンバーと、ロンドン出身のALA.NI(アラ・ニ)のアルバムを中心に聴いていたの。中でも(ALA.NIの)『Cherry Blossom』という楽曲には、強いインスピレーションを受けたと言えるわね。

 

とはいえ、既成の曲に強く影響を受けてしまうと、あとが大変なのよ。いざ映画を作るときにどうしてもその曲を使いたくなってしまって、権利をクリアにしなきゃいけないからね。今回はALA.NIに2曲書き下ろしてもらったの。

 

――そうなんですね。ちなみに監督は普段どんなことを見聞きしたときに「これを映画にしてみたい!」という衝動に駆られますか?

 

監督:う~ん、そうねぇ。音楽を聴くことはもちろんそうだけど、カフェや電車の中で他人の会話に耳を傾けることも多いわね。あとは、旅行中に見知らぬ人と交わした会話にもヒントがあるわ。それらの全く関係していない2つの会話を頭の中でつなげていくことが、私のインスピレーションの源になっているの。かつて詩人のロートレアモンが『マルドロールの歌』の中で書いていた「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会い」のように、私も違う世界のもの同士がぶつかる時、何か新しいものが生まれるんじゃないかと思うのよね。

 

――とても興味深いです。過去のインタビューで監督が「幸せはフォトジェニックではない」と発言されていたのが印象的だったのですが、その想いは現在でも変わりませんか?

 

 

監督:よく知っているわね(笑)。ええ、私はいまだにそう思っています。映画の題材として考えたときには「幸せそのもの」という人物を主人公に据えるよりも、悲しかったり落ち込んだりしている人たちをモチーフにした方が、よっぽど面白いものが作れるから。

 

――その理由とは?

 

監督:「ハピネス」って、なんだかちょっと安っぽい感じがしない? コーヒーとかパスタとか、足のシェービングクリームなんかのCMにはピッタリなのかもしれないけれど、あくまで映画においては、悲しい物語の中に生まれる喜びのグラデーションを表現する方が、断然興味深いと思っているの。

 

――なるほど。『マイ・ブックショップ』の中では、本を愛するフローレンスが「読書には興味がない!」と豪語する新たな世代に「想いを託す」場面が、とても印象的に描かれますね。

 

監督:だって、あの女の子が「本に興味がない」なんて言っているのは、嘘っぱちだもの。ちなみにその子は「あなたは良い人すぎるのよ」って、フローレンスに言ったりもするんだけどね(笑)。「少女が本を持って立っている」というイメージが、最初にこの映画を作るときに私の頭の中に浮かんだの。希望と悲しみが混在しているかのような、そんなシーンがね。私はどちらかというと、現代社会における人々の興味や関心が、ひと昔前とは明らかに変わってきているところに、根本的な問題があるんじゃないかと思っているの。

 

――というと?

 

監督:例えば、夜ベッドに入ってから眠りにつくまでの間に、ついスマホでくだらない記事を読みふけってしまうことはない? まさに私もその1人なんだけど(笑)。寝起きに「今朝はトルストイを読んだわ」なんて言う人も、ほとんどいないでしょ。ニューヨーク・タイムズを読むにせよ、誰しも最初はゴシップ記事に目を通してしまうものじゃないかしら。

 

――確かにそうですね。

 

監督:誰もがスマホを持てるようになったことは、便利で良いことだと思っていたんだけれど、最近はむしろ弊害の方が強いんじゃないかと思っているわ。だって、スマホには本来もっと目を向けるべきものから目を背けさせるようなところがあるし、世界各地で起きている問題に対する理解を深めたり、人間関係を向上させたりするものでもないと思うから。中には人と人との出会いのきっかけを作るアプリみたいなものもあるけれど、果たしてそうやって出会ったところで、本物の関係性が築けるのかしら? 私自身はあまり納得できないから、いまではすっかりスマホ反対派なのよね。

 

 

――まさに『マイ・ブックショップ』には、スマホがない時代だったからこその美しいやりとりが沢山登場します。エミリー・モーティマーさんが演じるフローレンスと、ビル・ナイさん扮する変わり者の老紳士・ブランディッシュ氏は、本を介することで「ある種の愛」を確かめ合っているとも言えますよね。

 

監督:ええ、私もそう思うわ。この2人の関係には、私自身とても心が動かされるの。言葉では表現できないもどかしさを内側に抱えて、自分の感情を抑制しているキャラクターの方が、私にとっては興味深いから。「愛しています」と何百万回言うよりも、手すら触れられない関係の方が、よっぽど官能的だと思うわ。

 

 

■次ページ:フローレンスの80パーセントは、私であると言えるの

 

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