
突然妻が家出してしまい仕事と育児に悪戦苦闘する父・オリヴィエと、2人の子どもたちが織りなす愛と絆を描いたギヨーム・セネズ監督作品『パパは奮闘中!』。4月27日(土)の劇場公開に先立ち、主演を務めたロマン・デュリスさんが、2005年にジャック・オディア—ル監督作品『真夜中のピアニスト』のプロモーション以来14年ぶりに来日! SWAMP(スワンプ)では、デュリスさんにインタビューを行い、本作に関して伺いました。
まったく違うタイプの人物を演じる時の方が、よっぽど心地良いものなんだよ。
——『真夜中のピアニスト』で前回来日されてから早14年、デュリスさんとの再会を待ちわびていました。『タイピスト!』『彼は秘密の女ともだち』『ゲティ家の身代金』など、デュリスさんが出演された作品は日本でもたくさん公開されましたが、この14年間でご自身の中ではどのような変化がありましたか?
ロマン・デュリス(以下、デュリス):僕もずっと日本に戻ってきたいと思っていたんだよ! これまで携わってきた作品の中には、自分でも印象に残ったものとそうでないものとがあるんだけど、『パパは奮闘中!』にはすごく満足しているんだ。この14年間で、僕自身少しずつ進化してきたなっていう気がしているんだよ。僕は舞台にも出ているけど、フランス映画の良いところを挙げるとするなら「多様性がある」ということに尽きる。そういった意味では、この14年を振り返ると「サヴァ(いい感じ)」だね(笑)。
——『パパは奮闘中!』の撮影にあたっては、監督が出演者に台本を渡さなかったそうですね。
デュリス:そうなんだ。あらかじめ決まったセリフが無い状態で演技をするということは、役者が全身全霊をかけて自分を捧げなければいけないし、役柄に飛び込まなければいけない。しかもそれと同時に、自分の中からアイデアを出していかなきゃいけない。その場でいろいろなことを発明したりもするから、とにかく集中力が必要になるんだ。常に「次はどんなセリフが出てくるんだ?」って、相手の声に耳を傾けなければいけないからね。
もちろん、それは僕に限らずほかの俳優たちも同じで、誰もが水に飛び込むようなリスクを冒しているとも言える。つまり『パパは奮闘中!』の現場では、これまで僕が取り組んできた作品とは全く別のアプローチが求められたんだ。
——子役も含めて、セリフはすべてアドリブだったのでしょうか?
デュリス:もちろんそうだよ。でもね、1つ言い添えておくと監督は役者には台本を渡さなかったけれど、子役たちには「状況説明シート」をあらかじめ手渡していたんだ。子役たちもそれを読んではいたから、そこに書かれた状況に沿った話をしたんだよ。
——昨年『万引き家族』でカンヌ国際映画祭のパルム・ドールに輝いた是枝裕和監督は、子役に対してはカメラが回る直前に耳元でセリフを囁くという演出方法で知られています。『パパは奮闘中!』では、子役に台詞を覚えさせるわけではなく、「状況説明シート」をもとに、子どもたちが自分で考えた言葉を発しているということですか?
デュリス:今回の撮影でも、すごく良いセリフを子どもたちが自ら発してくれる時と、なかなかうまく出てこない時があった。そういった場合は「こういうことを言ってもいいんだよ」って、なんとなくサジェスチョン的なことを言ってあげたりもしていたね。でも、基本的には今回みたいなやり方の方が、子役はセリフを暗唱しなくていいわけだから、すごく自然な形で演じることができたんじゃないかな。
——なるほど、確かにそうかもしれませんね。ちなみに、いま私の目の前にいらっしゃるデュリスさんはまさにスターのオーラ全開ですが、『パパは奮闘中!』のオリヴィエは、髪もボサボサでものすごく生活感が漂っていますよね。
デュリス:ハハハ。俳優にとっては、自分と似ているキャラクターを演じるよりも、まったく違うタイプの人物を演じる時の方が、よっぽど心地良いものなんだよ。今回の撮影に入る前も、どんな風にオリヴィエの役柄を作り上げていったらいいのか監督と話し合ったし、実際に工場にも見学に行って、そこで働いている人たちがどんな喋り方や動き方をしているのかを観察したからね。
衣装もヘアスタイルも、監督がイメージしているキャラクターに近づくように、それぞれスタッフが作り上げてくれたんだ。設定としては、オリヴィエは見た目をまったく気にしない人で常に自然体だし、しかもシフトがきつくてあまり寝ていない。そんな風にキャラクターの細部を考えていくこと自体、とても楽しいことなんだよ。
ーー日本でもオリヴィエのように、仕事優先で家庭をかえりみることができない状況に置かれた人たちがとても多いので、映画を観て身につまされると思います。
デュリス:僕自身も、この映画が利益追求型企業のリアルを描いていると感じていたんだ。そういった意味では、この映画は人を人とも思わないで働かせる状況を告発しているとも言えるよね。オリヴィエは会社からガチガチに縛り付けられていて、家庭をかえりみる時間すら与えられない。僕自身としては、オリヴィエを弁護してやりたい気持ちがある。もしちゃんと時間に余裕さえあれば、彼は絶対に周りの人間のことも理解してあげられるタイプの人間だと思うから。生活の快適さが欠けているが故に、ああいった状況に陥ってしまっているんだ。
——『パパは奮闘中!』では、人と人とが互いに理解し合うことの難しさや、「生活する」ということがどれほど大変か、ということをシビアに伝えている面もありますよね。
デュリス:それこそがまさにこの作品のテーマの一つでもあるんだ。オリヴィエは職場の仲間たちを支援してあげようと一生懸命仕事に取り組むんだけど、本来自分が一番大切にしなくちゃいけない家族に対しては、なかなか時間が避けないというジレンマに陥っている。オリヴィエは現実の生活のリズムについていけないから、もともと自分が思い描いていた生活からかけ離れてしまっているんだ。彼は竜巻の渦の中に巻き込まれてしまっているような状態だったけれど、「余裕がない」ということがすべての元凶なんだよ。
——実は私、オリヴィエの妹役を演じていたレティシア・ドッシュさんにもすごく興味があるんです。ドッシュさん主演の『若い女』が昨年日本でも公開されたのですが、あまりのぶっ飛び具合に驚いて(笑)。デュリスさんは、今回レティシアさんと共演されてみていかがでしたか?
デュリス:レティシアは僕も大好きな女優だよ。彼女とは今回の撮影現場で初めて出会ったんだけど、なぜか「テストはせず、いますぐカメラを回したほうが良い」って僕は言ったんだ。そしたら案の定、現場ではまるで魔法みたいなことが起きた。理由はわからないけど、レティシアとはすぐに本物の兄と妹の信頼関係が築けるような気がしたんだ。きっとそれは僕だけじゃなくて、彼女も同じだったと思う。出会ってすぐにそんな関係性が作り出せたことに、僕らはすごくワクワクしていた。それ以来僕らは意気投合して、すっかり仲良くなったんだよ。
取材の際、前回の来日時に撮影した記念写真をお持ちしたところ「うわぁ、なつかしい!」と一気にテンションがアップしたデュリスさん。「14年前は、まだ子どもがいなかったからね」と、感慨深げなご様子でした。
学生時代、セドリック・クラピッシュ監督作品『猫が行方不明』に出演していたロマン・デュリスさんに一目ぼれして以来、「いつかロマンと会って話す!」を目標に掲げて映画業界に足を踏み入れ、あっという間に20年あまり。今回こうしてデュリスさんを取材できたことを、とてもうれしく思っています。
(取材・文:渡邊玲子、写真:加藤真大)
『パパは奮闘中!』概要
『パパは奮闘中!』
4月27日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督・脚本:ギヨーム・セネズ 共同脚本:ラファエル・デプレシャン
出演:ロマン・デュリス『タイピスト!』『モリエール 恋こそ喜劇』レティシア・ドッシュ『若い女』、ロール・カラミー『バツイチは恋のはじまり』、バジル・グランバーガー、レナ・ジェラルド・ボス、ルーシー・ドゥベイ
原題:NosBatailles/ベルギー・フランス/2018年/99分/フランス語/字幕:丸山垂穂
配給・宣伝:セテラ・インターナショナル 宣伝協力:テレザ、ポイントセット
協賛:ベルギー王国フランス語共同体政府国際交流振興庁(WBI)
公式サイト:http://www.cetera.co.jp/funto/
@2018 Iota Production / LFP – Les Films Pelléas / RTBF / Auvergne-Rhöne-Alpes Cinéma